95話 召喚されたものです
素朴な教会での夕食も終わり、寝所へと案内される。
石造りの部屋はやはりひんやりと冷たさを感じる。
ここは1階なので窓の外と扉の前には不寝番の護衛と騎士団の何人かが見張りに立っている気配がした。
日中は移動の馬車の中で眠り、夜は夜闇を睨み警戒するのだ。
訓練されていなければ三日で泣きが入るだろう。頭が下がる思いである。
ここまでの旅程では無頼の輩は出ていないし、たまに魔獣が遠くからこちらを見るくらいで騎士団と護衛のお陰で安全に移動出来ている。
個人が車で好き勝手に移動していたあの世界を考えるとまるで違うものだ。
子供が憧れる職業の上位に騎士団や護衛兵が入るのも納得出来る。
軍服が目に入っていることによる安心感は他に例えようがないだろう。
さて、寝ましょうかとベッドに横になると何やらクロちゃんがふんふんと鼻を鳴らしている。
昼間の興奮が冷めやらぬのか大人しく寝てくれそうにない。
「クロちゃんどうしたのかな? もう寝る時間ですよ」
ポンポンと頭を撫でると、めえめえと返事をする。
夜だからかいつもより小さい声なのがクロちゃんなりの気遣いかもしれない。
「今日は一緒にベッドで寝る? それとも床でクッションにする?」
私がクロちゃん用に少し体をずらすと、ピョンとベッドにのって私の顔にスリスリと頭を撫でつけた。
可愛いけれどこんなに甘えるなんてなんだろう?よく見てみると天井を何度も仰いで見ているのがわかる。
「何かいるの?」
めえ
「天井にいるの?」
めえ
「私からは見えないけれど……」
そうクロちゃんに伝えるとクロちゃんはめえめえめえめえと、何やら上に向かって鳴きだした。
ばささ、と軽い羽音がする。
まさかまた馬頭鳥かしら?と音の方を見ると暗闇に紛れて黒い生き物が飛んでいた。
サイドテーブルには学者からもらった夜鬼の革紐とアルニカオイルのサシェが置いてあるので賢者の使いは近寄れないはずだ。
蝙蝠の羽に蟻のようで蜂のような短い触覚がついたもの。
これは昼間に説明を受けた黄衣の王の従者ではないかしら。
馬頭鳥と比べるともっと小さくて小鳥のサイズである。
「あらら。風の神様のところの子よね」
やっと見えたの?というようにクロちゃんがめええと鳴いた。
「こっちへおいで」
指に止まれるように差し出すが中々寄って来ようとはしない。
随分小さい。
もしかして半端な呪文とお供えのせいかしら?
名前は何だっけ?ばいあへ?びあーきー?なんだか頭にBが付いたのは覚えているのだけれども。
「ビーちゃんおいで」
とりあえず頭文字が合っていればいいだろう。
コッコッコッと舌を鳴らす。
前の世界でインコを飼っていた時の癖だ。指を出して舌打ちで合図をすると、ぴいと返事をして飛んでくるいい子だった。
舌を鳴らすなんてこの世界では絶対に人前では出来ないけど、取り敢えず今は人目が無いので許してもらおう。
黄衣の王の従者は何度かくるくると天井を周ってからようやく私の指に着地をしてくれた。
サイズはかわいらしいのだが、人と爬虫類を混ぜたような顔をしているので人に怖がられる見た目ではないだろうか?
顔は険しく手足も4本ずつついているし鋭い爪をしてとても強く禍々しい。
これは学者に言った方がいいだろうか?
きっと小躍りして喜ぶに違いないが、このまま連れて行っては夫人や使用人達が皆、卒倒してしまうだろう。
それにクロちゃんが撫でくり回されたように、この子もいじられまくられるかもしれない。
人に慣れていない動物が過剰に触られてストレスで病気になることもあると聞いたことがある。
学者に預けるのも一抹の不安がよぎった。
ここにこの子が来たということは、掃除もお供えも悪い事ではなかったという証拠だろう。
「祠の掃除のお礼にきたのかしら?」
そういうと言葉がわかるのかそれはウンウンと頷いてみせる。
見た目は怖いけど可愛いではないか。
「こちらこそ風の神様にはお世話になったの。ありがとうと伝えてね」
またもやウンウンと頷くさまは素直で撫でたくなってしまうくらいだ。
止まった指にじんわりと温かさと小さな重みが伝わってきて庇護欲が湧いてくる。
律儀にお礼を言いに来るなんてありがたいことである。
「挨拶に来てくれてありがとう。もう戻っていいのよ」
そう伝えると何故だか悲しそうな目をして、ブンブンと今度は横に顔を振った。
「戻らないの?」
ウンウン
どうしたことだろう、クロちゃんを見ると、どうかお願いという懇願するような瞳でこちらを見ている。
「もしかして一緒に来たいの?」
ウンウン
これは連れて行っていいのだろうか……。
サイズも仕草も可愛いし私としては願ってもないが、この外見が周りに受け入れられるとは思えない。
神様の使いというよりどうみてもガーゴイルの様な悪魔の使い寄りではないだろうか?
思い返せばクロちゃんも人には言えない外見だったのを思い出した。
「一緒に来るなら見た目を変えないといけないのだけど大丈夫かしら?」
そう言うとクロちゃんとその子はそろってウンウンと頷いた。
並べて首を振るのが可愛くて仕方ない。
指に止まらせたままその子の頭に唇を寄せる。
そのままどんな形がいいのかイメージしてみる。
空を飛ぶしやはりこのサイズだとセキセイインコ?
インコなら良く知っている。一緒に暮らしていたのだもの。
先がくるんと曲線を描く愛らしい鳴き声がこぼれるクチバシ。
舌は丸くて人の言葉を模すことに適している。
丸いつぶらな瞳には一見わからないがまつ毛もちゃんとついているのだ。
羽毛は神様が彩ったと思わせるほど色彩鮮やかな生き物。
そうだ、黄衣の王のところの子なら、やはり黄色がいいだろう。
鱗状の足はピンクで、先には細くてしっかりした爪がついているのだ。
すっかり可愛いインコの想像が終わって目を開くと、そこには私の想像と寸分たがわぬ小鳥がちょこんと止まっていた。
「あなたの名前はビーちゃんね。よろしくね」
クロちゃんの時より身近に一緒に暮らしたインコの記憶のせいか上手く出来ている気がする。
そのせいかどうかビーちゃんは最初から上手くインコの様に鳴くことも出来た。
クロちゃんは最初酷い鳴き声だったのも懐かしい。
鳴き声を確認だけして、夜なのですぐに静かにするよう言いつけると、おりこうに守ってくれた。
クロちゃんはどうやらビーちゃんを気にして寝られなかったようで、ビーちゃんの変身を見届けるとさっさと先に眠ってしまった。
ビーちゃんもクロちゃんの背中に止まって、安心したかのようにそのまま目をつぶっている。
皆にはなんて紹介しよう。
とにかく私も眠らなければ。おやすみなさい。




