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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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93話 羊飼いの神です

「この扉の木片をよく見ると、劣化しているけれど黄色の顔料で色がつけられていたのがわかるね。これも黄衣の王を象徴する色なんだ。祠自体は石造りで頑丈だし運ぶ事は適わないから、この傍に熱心な彼の信仰者が定住していたのだろう」 

 言われて見ると剥げてはいるが確かに薄っすらと黄色が見て取れた。

 この厳しい土地で羊を追うか狩猟をしながら石に神の象徴を彫り祠を立て、信仰を頼りに暮らした人がいたことに思いを馳せる。

 それは普通の生活を望む者にとっては過酷かもしれないが、信仰者にとってはそれさえも神と共に歩む(しる)べなのかもしれない。

 少しの食糧の貯えと神への信仰。

 私には出来ないけれど、それはひどく美しい生き様のような気がした。

「では、このV字に並べられた石にも意味が?」

「うんうん、台座にくぼみまで掘って設置してあるのを見てわかるように、この形と数は大事なんだよね。黄衣の王を現世に召喚する為の祭壇と言えばわかりやすいかな?」

 神様を召喚するとは凄い話である。

 黒山羊様にもそういうものがあるのだろうか?

 王子は最初にクロちゃんを見た時、生贄にすると勘違いしていたし、知らないだけでそういう儀式をする人がいるのかもしれない。

「ただ実際には平野に巨大な石柱をこの形に並べないといけないはずだから、これは小型模型(ミニチュア)だね。古代装飾文字も考えると作ったのは祭司クラスの人だったのかもしれない。こんな小さな祠に祭祀に必要なものが刻まれているし」

 祭司が追われてここまで逃げてきたのか、風に流されるように羊を追いながら、自然にここに辿り着いたのかどんな物語があったのだろう。

 風化しないように後世に残るように祈って刻み込んだのか。

 誰も訪れない寂しい土地、山羊が気まぐれに見つけたちっぽけな祠。

 無性に寂しい気分に襲われる。

 何かしなければという思いが沸き起こり、私は衝動的に祠の埃を払い落ち葉や入り込んだ小枝を取り除き掃除を始めた。

 これは偽善だ。

 私ひとり今ここで祠を尊重したとして、何が変わる訳ではない。

 自己満足である。

 明日にはまた土埃や枯草にまみれるとしても今、この場だけでも綺麗にしておきたかった。


 さすがに草むしりまでしだすと、私の行動に驚いてあんぐりと口を開けていたラーラとヨゼフィーネ夫人も手伝ってくれた。

「シャルロッテ様はこう言っては何ですが、変わっていらっしゃる。草むしりをする淑女など見たこともありませんよ」 

「あらあら、では私も変わり者の淑女になってしまうわね。ギルベルトの母親としては妥当かしら」

 そんな軽口を聞きながら嫌な顔をせずに付き合ってくれるのを見るとこの人達も祠に対して思うところがあるのかもしれない。

 自分の信仰する神ではないが、その神の夫なのだ。無下にはしたくないのはみな同じ気持ちか。

 むしるそばでクロちゃんがモグモグと草を食んでくれるので、3人と1匹の草むしりはあっという間に終わってしまった。

 掃除をすると気持ちもスッキリするものだ。

 ソフィアも棕梠(シュロ)製の柔らかい細い繊維で作られた外掃きの(ほうき)と天井箒を荷馬車に取りに行っていたようで、戻ってきて祠の中の蜘蛛の巣まで綺麗に取り除いてくれた。

 彼女は黙って私のすることを察して手伝ってくれる。本当に最高の侍女だ。

 何故、荷馬車に外掃除用具がと思うかもしれないが、私が馬車酔いで休憩所でもないところで馬車を止める事が多かったので、木陰やその場その場で休憩出来るスペースを整える為のものである。

 備えあれば憂いなしとはこのことか。


 スケッチを終えた学者がニコニコと笑って綺麗になった祠を見ている。

 掃除を終えて手を止めた私に解説の続きを始めた。

「先ほどの解説の続きだけどね。文字の方は神を呼ぶ言葉ではなくて、神の従者を呼ぶものだね」

「従者ですか?」

「バイアクヘー、ビヤーキーと発音されることもある神話生物で、翼のある蜂や蟻に似た竜だと言われてるね」

 それはまた愉快そうなフォルムである。腰が括れて尻尾はないのだろうか?

 想像してみたが見たことがないので上手くいかない。

「飛行の為にフーン器官と呼ばれるものが腰についていて、星の間も飛べるそうだよ。すごいよねえ」

 あの妖虫(シャン)も宇宙を飛んで来たと言っていたし、神話生物というのは生き物として中々規格外である。

「大昔の書付に、空に黄衣の王の星が浮かぶ夜に、彼の信者は黄金の蜂蜜酒を飲みかわし石笛を吹き呪文を(うた)ってビヤーキーを呼んで神の偉業を称えたという記述もある。神話の時代にはそこかしこでそういう宴が行われていたと思うと面白いよねえ」

 神が人に寄り添っていた頃、あちらの世界でもそういうことが行われていたのかもしれない。

 魂の土壌と箱庭として分けられた世界は似たようで、まったく違う歩みを進めていくのだ。

「黄金の蜂蜜酒……」

「ええ、人を覚醒させ、その魂を宇宙まで飛ばすと言われる酒ですね。今も細々とどこぞで作られているという話ですが」

 ソフィアと顔を見合わせる。

 酔い止めとして使っていたが、もしかして貴重なものだったのかしら?

 私は身の回りの物を収納している鞄から黄金の蜂蜜飴をひとつと、裁縫道具入れから黄色い布の端切れを取り出した。

 綺麗になった祠にそのふたつを風に飛ばされないよう重し石を添えて備える。

 ソフィアも黄色い花をどこかから見つけて飾ってくれたので、そのまま手を合わせて高慢の種の時のお礼を言っておく。

「変わった礼拝の仕方だね?」

 学者の目の色が変わる。

 しまった、こちらでは両手を組んで拝むのが主流なのだ。

「なんとなくですわ。こちらの神様の流儀も私知りませんし」

「そういえばお嬢さんは、何か食べる前もたまにそうやって手を合わせてるよね。癖なのかな?」

 いただきますと口に出すのはやめるようになったのだが、うっかりしているとつい、なにか食べる前に手を合わせてしまう。

「なんでしょうね。小さな頃からそうみたいです。感謝をしたい時にそうしてしまうのですわ」

 説明のしようがないので、私はそうやって濁した。

 日本人は食事の前後も、なんだか由来の分からないお地蔵様でも、ありがたいことにはなんでも手を合わせて拝んじゃうものなんです。

 胸を張って習慣ですと言いたいのを飲み込んでおく。

 あの賢者がもうちょっと感じのいい人だったら、今頃こういうことを言い合ってあの世界を一緒に懐かしみ笑う仲になれてたかもしれないと思うと残念だ。

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