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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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90話 祐筆です

 祐筆。それは元々教養のない武人の為の代筆者である。

 大昔、戦と略奪が頻繁に行われていた頃、粗野で乱暴な者が褒章として貴族に取り上げられることがままあった。

 得てしてそういう輩は文盲であり、中央との書面での遣り取りにも支障をきたすために、代わりに読み書きを担当する文書専用の文官がついたのである。

 平穏な時代が訪れて祐筆という仕事自体は下火になったが、現在でも高位貴族の中では大量の招待状や文書の代筆の為に祐筆を抱える家もあるし、庶民の間にも代筆業者がいたりする。

 彼らは教会で代書代読の内容の「守秘」と偽らない「誠実」の誓いを立て従事している。

 そういえば書類整理をしてくれるコリンナの文字がすごく綺麗な事を思い出した。

 性格からいったら子供っぽい字かと思っていたが、実際には大人びた美しい文字だったのだ。

 友達を雇うというのは私の常識からいうと少し抵抗があるが、私の今の立場だと好む好まざるを別に代筆をする者は必要なのだ。

 既にこの間まで殺到していた文書を母達に任せきりにしていたことだし、この際契約してしまうのも悪くないのではないだろうか。

 伯爵家の二女ならばある程度の爵位の家に嫁には出られるが、もし結婚でなく仕事で身を立てたいと考えているなら、見も知らない貴族に祐筆としての彼女を任せるのは忍びない。

 優秀な祐筆を持つのも貴族のステイタスのひとつだというし、私にとっては良い話ではないだろうか。

「では、クルツ伯爵にその旨を伝えて許可を貰ってきてね。私にはコリンナが必要だわ」

「いいのですか? 私、シャルロッテ様の元で働けるのですか?」

 私の両手を握ってすごい勢いで詰め寄ってきた。こういうところは子供らしい。

「今までもお手伝いしてもらって、あなたの実力が本物なのは身をもって知っていますもの」

 彼女の顔は誇らしげに微笑んだかと思うと泣き出してしまった。

「良かった……。良かったです。今までも何度も言い出したかったけどシャルロッテ様の優しさにつけこんでいるような気がして言えなくて。私、今まで以上に文字も文書も計算もがんばりますね」

 結構思いつめていたのか。気付かなくて悪い事をした。

「コリンナはすごく上手な字を書くけれどどこで習ったのかしら? 計算も出来るの?」

「あ、はい。お父様の意向で、領地に王都学院を引退した教師を何人か迎えていまして、私も個人的に授業を受けてきたのです」

 それは初耳だ。

 聞けばクルツ伯爵領は領民の識字率向上に力を入れているらしい。

 おかげで証文詐欺に関する犯罪は他に比べて少ないそうだ。

 なんて素晴らしい方針なのだろう。

 庶民に教育を施すのを厭う教師もいるらしいが、そういう人は最初から王都や貴族の元で家庭教師になるのだろう。

「とても領民を愛していらっしゃる、誇らしいお父様なのね」

「はい! エーベルハルト侯爵の様にかっこよくはないですが、自慢の父です!」

 素直にそういえるコリンナも素晴らしい。

 こんな可愛い子をクルツ伯爵は本人の希望とはいえ手放すことを許すだろうか?そこはひと悶着ありそうだ。

「クルツ伯爵領は特徴が無いと先ほど言っていたけれど、識字率の高さは特筆すべきことではなくて?」

「え? ああ、はい。言われてみればそうですね。でも文字が読めても作物を収穫するようにはいきません」

「作物はわかりやすく目に見える資産だけれど、人材というのは何にも代えがたい財産なのよ」

「どういうことですか?」

「クルツ伯爵領で祐筆、書記官、管財人など文書を扱う文官用の職業学校を建ててはどうかしら?」

「学校ですか?」

「そう、子供が通うのではなくて成人した人向けの学校を作るの」

 この時代は家庭教師が主流だし庶民の間での学校は日本の昔話の寺子屋のようなものだ。

 文官は先輩から、職人たちも親方に弟子入りして技能を習う形なので、コリンナがぴんとこないのは無理もない話である。

「もともと文字を読み書き出来る人達の能力を向上させるの。職業学校で必要な技能を身に着けた人達は中央や地方に就職していくでしょうけど、その代わりに学びたい人間はクルツ領に入ってくるでしょ? 学習にかかる費用はお金がある人は前払い、無い人は分割か出世払いで担保に資産をあてて書面化したらどうかしら? ああ! 仔山羊基金から奨学金の名で優秀な人材にかかる学費を免除してもいいわ」

 突拍子もない話を聞いたかのようにコリンナは目をぱちくりさせた。

「クルツ領でシャルロッテ様の学校を……」

 んん?何かおかしな取り方をしている気がするが大丈夫だろうか。

「人を育ててそれを各都市に輸出するのですね」

「そうよ! 良く分かっているわね! そして国中の人間に文官を雇うならクルツ領の人材が一番と言わせるのよ!」

 この言い方が一番わかりやすかったのかコリンナはコクコクと首を縦に何度も振っている。

「私、考えたこともありませんでした。そんなやり方があるなんて」

 私だって学校を作ろうなどと自分の領地では考えもしなかったが、元々その下地があるクルツ領なら可能だろう。エーベルハルトでやろうとすれば、まずは多くの教師と学び舎の確保をし、子供達を集めるところから始まる。

 今後検討するに値する案件だが、クルツ領とはスタートからが違うのだ。

 これは長年識字率を上げる努力をしたクルツ伯爵領の規模だからこそ成しえることなのだ。

「そうだわ! 仔山羊基金の会計は今はロンメル商会の人にお世話になっているのだけど、クルツ伯爵領での学校運営が上手くいったら卒業生に任せるのもいいわね! 就職先がひとつでもあるのが分かっていれば入学しやすいし宣伝にもなるわよね」

 人材不足を補うのにうってつけではないか?

 そんな青写真を描く私の横で、

「文官学校と一緒にシャルロッテお菓子学校を作るというのもどうでしょう……」

 食いしん坊のコリンナが夢見心地でそう呟いた。

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