84話 基金です
聖女の仕事の一環ということでお目付け役までいかなくとも、せめて女友達を同行させるくらいはしてほしいという私の淑女としての評判を気にした両親の願いを受けて私は2通の手紙を出した。
そう、残念ながら友達と呼べるのは2人しかいないからだ。
早々に返事が来たのだがハイデマリーはあの一件で少々親が過保護になったらしく今、親の元を離れるのは難しいとの事だ。
「仕方のないお父様とお母様」と書きながら、親から大事にされているという喜びが文章から滲み出ている。
彼女は欲しいものを手に入れたのだ。
元々持っていたものなので手に入れたというのは少し語弊があるが、この際どちらでも良いだろう。
家族と良好ならばそれに越した事はない。
あの厳しそうなレーヴライン侯爵が過保護になったのを想像すると少し笑ってしまう。
他の文章に紛れて目立たず書かれているが、私の婚約披露宴では兄とダンスを踊った報告も書かれていた。
とても楽しかった様子が短い文章からも見て取れてこれまた嬉しくなってしまう。
コリンナからは快諾の返事がしたためられていた。
こちらにも同じく「仕方のないお父様」という単語が見て取れたが意味はまるで反対であったのが面白い。
クルツ伯爵は娘の旅行に心配が過ぎて熱を出してしまったそうだ。
呆れながら娘は私ひとりじゃないのだから子離れさせないとと書いてあり、頼もしい限りだ。
彼女にはソフィア達と一緒に私宛の書状の整理をしてもらっていたのだが、こうやって手紙を見ていると、手伝いを申し出るには納得の美しい字をしている。
文面も少々華やかさに欠けるがしっかりとしており普段のおっとりした様子からは想像出来ない。
宛先には飾り文字も使用しているし、手紙一通から教養が高い事がうかがい知れる。
甘い物に目が無さすぎではあるが、令嬢間の立ち回りや事務能力を考えると彼女は私やハイデマリーよりも優れているのは明らかであった。
それなのにそう見えない様にしているのがすごい事だ。
出る杭は打たれるというが本能的にそれを避けることに成功しているのだろうか?
彼女への賛辞はこの辺までにして、とりあえず同行者が見つかってほっと安堵のため息が漏れた。
これで何とか出発のスタートラインに着けたのだ。
「なんとおっしゃいましたか?」
貴賓室の応接間。
私の目の前には父と祭司長、詩人と商会長が並んでいた。
大人の男性ばかりの珍しい取り合わせである。
「この度はめでたい事で」と祭司長が顎髭を撫でると「全くもって神の祝福を感じます」と詩人が答え、「協力は惜しみません」と商会長が続ける。
これは婚約の話ではない。
もっと私にとって深刻な話であった。
「私もどうしたものかと思ったのだが、彼らが任せてくれと言うのでね」
父が少し引きつりながらそう言った。
父のこの顔はよく知っている。
突然の茶会や婚約の話の時、決まって焦って逃げ出したいような顔をしているのだ。
テーブルの上に置かれているのは羊皮紙に書かれた証書と木製表紙の糸綴りの台帳である。
どちらにも同じ単語が見て取れる。
仔山羊基金と。
「よくわからなかったので、もう一度おっしゃってもらえますか?」
先ほど聞いた話が信じられなくて、私はそう問いかけていた。
「教会の方にも聖女様宛の浄財が集まりまして、これを私どもで管理するのは畏れ多いというもので」
「うちにも貴族からシャルロッテ宛に金品が届いて、婚約祝いの名目とは別で届いたものはやはり管理がね」
「今後、桜姫には必要なものなので私も尽力いたしました」
「侯爵から相談されまして、ここはロンメルがひと肌脱ごうという話になりましてね」
そう、何の話をしているかというと彼らは聖女の為に基金を設立したというのだ。
聖女は地母神教の教皇の上に立ってもおかしくない存在。
その聖女に寄せられた浄財を教会が好きに使うのは恐れ多いということらしく、祭司長が詩人に相談をし、詩人が父に話を持ち掛け、相談役として商会長を引き入れたのだ。
「管理に関しては商会から差配人を用意しましたが、商会組員以外で優秀な差配人が見つかり次第そちらに交代することが望ましいですね。ロンメル商会の人間が管理をしていると、あからさまに特定の商人を優遇していると思われますし、聖女様という立場ではあくまでどなたにも平等ということがよろしいでしょう」
羊皮紙は基金設立証書で、台帳の方は寄付をした人の名前と金額、目録がずらりと並んだ帳簿である。
聖女に寄付が貴族の間で流行りの話題なのか、この世界の経済状況に疎い私でも結構な金額が集まっているのがわかる。
帳簿を見ながら頭がクラクラした。
ほんのつい最近まで領地で引き籠っていたというのに、今までのツケを払うかの様にいろんなことが押し寄せてくる。
クロちゃんを手元に置く為、ハイデマリーの為に聖女になったが、こんなことまでついてくるとは思いもしなかった。
聞けば教国の庇護に入れば全部教会で管理してくれるそうなのだが、そうすると自由はまったく無くなってしまう。
私が生まれたのがこの国で良かったと言わなければならない。
数字を見て眩暈を起こしながら、綴りの一部に何やら寄付とは違うものが書かれている。
「あの、ここの部分は何なのでしょうか?」
「嗚呼! 気付いて頂けましたか? 実は桜姫の偉業を知らしめるべくこのナハディガル一計を案じまして、この様な物を作ったのですよ」
満面の笑みで商会長に詩人が指示を出すと、テーブルの上に鞄から何やら取り出して並べだした。
ハンカチに始まり、巾着袋にリボン等の女性が身に着ける小物だ。
どれもちゃんとした品物でロンメル商会が取り扱っているのだろう。
「これ、一体どういう……」
「いや、常々父様もシャルロッテの才能には気付いていてね? そこでナハディガルが提案してくれたものだから許可してしまったんだ」
父は少し照れ臭そうに笑っている。
この並ぶ小物。
貴婦人が身に着けても遜色ないだろう品々。
そのデザインの一部分を除けば。
そう、そこには私が父に頼まれて施した仔山羊の刺繍がすべてにされていたのである。




