80話 落下死です
「これについては50年ほど前、王国見聞隊が一度調査に乗り出したのだけどね。保管させていた死体を調べたところ、確かに落下死で間違いないと記述にある。つまり死体は地面との接着面が破壊されていて上部はきれいなままだということだね。専門家に表現させたらまた違うのだろうけど、とりあえず死因は人間と地面がぶつかった衝撃で死んだというのだ」
「何故それが起こったかですよね」
「うん、落下死なんてそうそう起こることではないだろう? しかもある年に定期的になんて」
「そうですわね。だとすると事故ではなく事件ですわ」
私がそういうと王子は両手を組んでこう言った。
「問題は死体が見つかる場所は大体において平地なんだ」
「平地?」
「もともとウェルナー男爵領は僻地の平野にあるいくつかの農村で出来ている領地といって間違いではない。見聞隊の報告によると高い建物は領主館と教会しかないそうなんだ」
「ではどこか、崖や岩壁から落として殺してから死体を平地へと運んだ?」
「私もそう思ったのだが地面には確かにその場で落ちて死んだと思われる凹みや血痕があるそうだよ」
「何が何だかわかりませんわ」
「だよね。それで当時の有識者と見聞隊としては『竜巻が人を巻き上げて落下死を引き起こす』と結論付けたようだよ」
「竜巻ですか……」
テレビの何かの特集で見たことがあるが、カエルや魚が空から降ってくる奇怪な事件も確か竜巻が原因と言われていた気がする。
人を巻き込む竜巻といったら相当な大きさになるのではないだろうか?
確かにあり得るとしたらそれくらいであるが、そのパターンだと上昇気流かなにかに乗るので、遠くで発見されるのではなかったろうか。
行方不明になって時間は経過するのに、距離的にはそう離れていないのはチグハグな話である。
資料に添付されている地図に記入されたマークを見てもそれはわかる。
姿が消えて何日か後に死体が見つかる。どういう可能性があるだろう?
「魔獣とかはいませんの? 監禁してから獲物を高く放り投げて殺すとか?」
監禁する魔物ってなんだろう。我ながらおかしなことを言っている。
「不審な足跡も周りにはないという報告だし、捕食された跡もないのだよね」
人を攫っていたぶるだけの魔獣はいないのか。
もしいるとしたらあの妖虫のようなものか?
あれなら落下する様を楽しんだりもしそうだ。
ただ、落下させるだけではあれらは飽きてしまう気がする。手を変え品を変え人を絶望に追いやるのが好きなはずだ。
少しの時間しか種に触れていなかったのに、あれらの趣向を理解してしまっている自分に少し寒気がした。
「人の仕業だとしてもどうやって落下死させるかがわかりませんわね」
「周期はわからないけれど定期的に起きていると何やら儀式めいたものも感じられるね。猟奇的な人間の仕業の可能性もあるが、なにぶん長期に渡りすぎている」
「土地の神への捧げものとか? 邪な神を召喚するのにも生贄を使うのでしたっけ? こんな資料だけではよくわかりませんわ。現地に行って聞いてみなければ……」
そう私が漏らすと王子は厳しい顔をした。
「局所的な竜巻というのが落としどころだとは思うけれどね? なにかあるとしたら、それはよくないものではないかな」
言われればそうなのだけれど、ウェルナー男爵のあの切羽詰まった顔を思い出すとそんな風に突き放しても良いものであろうか。
「そういえば、白綿虫がどうとかおっしゃってましたわ」
「そうだったかな? 関係が良くわからないけれどエーベルハルト侯爵が間に入っているのだから父君に任せるのも手だと思うよ」
「先ほどからフリードリヒ殿下は、私にはかかわらせたくないようですわ」
「女性を、ましてや自分の婚約者をこんなきな臭いことに関わらせたいと思う人はいないよ」
王子の顔が曇る。
「でも関わるんだろうなという予感もしていらっしゃる?」
そもそも資料を持ってきたのは王子なのである。
「君は聖女だからね。変な案件が持ち込まれるのは仕方ないとは思っている。だが私は王宮から離れることは出来ないし、君にも現地へは行ってほしくはない。机上でなんとか出来るものならば、それに越した事はないと思っているさ」
「それはそうですけれども、そういう時の為にも新たに護衛を付けたのではないのですか?」
王子は反論しようとしたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
私を説得する材料がどこにも見つからないのだろう。
聖女だと公表してしまった今、ただの令嬢として扱えなくなっていることもわかっているのだ。
しかもエーベルハルトの隣の領地の問題なのだから、無視して切り捨てることが出来ないということも。
「君の護衛は近衛兵からの交代制だが王国見聞隊からもひとり人員をさいてもらっている。表立っては活躍しないだろうがある程度の怪異には対応出来るだろう。だけど油断せずくれぐれも無茶をしないように」
諦めた様に王子は言った。
王国見聞隊。
それは王国の噂や事件を現地に行き収集、検分する者たちだ。
博識であり行動力もなければ就けない職だと聞く。
そこから護衛を出してもらえるのは稀なことだろう。
私の周りの神話生物の件もあってそういう配慮なのかもしれない。
そういえばハンス爺と一緒に見た地図本を製作したのも王国見聞隊だった気がする。
たしかにそういう仕事ならば、王国の詳細な地図を作るのに適しているだろう。
不可思議な案件を追い、国中を旅するなんてちょっと楽しそうだ。
地図本の他にも伝承についてや風俗についてなど王国見聞隊から発行される本は多い。
王国ガイドブックの出版元という感じだろうか?
是非、話を直接聞いてみたいものだが私の目に入るところで護衛するのはラーラだけらしいので、その機会があるかどうか。
隊員は目立つ行動を取らないともいわれるので、ラーラではないのはわかっている。
隠れて活躍するなんて、少しスパイや忍者みたいと思ってしまった。
王子と話をしていると扉の前がにわかに騒がしくなった。
どうやら訪問者が、中にいれろと押し問答になっているようだ。
今までは扉前に護衛がいなかったのである意味、出入り自由だったのだ。真面目なラーラはその辺、融通が利かないかもしれない。
ラーラの私が王子と謁見中だという説明に、それならばなおの事中に入れてくれと言っているのが聞こえた。
その声は詩人だ。
私は扉をそっと開けた。




