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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第一章 シャルロッテ嬢と黒山羊様
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8話  噂話です

 私の話を種にお茶の時間は過ぎる。

 やはり私の箱入りの立役者はマーサであり、小さな事にも目を配り光らせ物騒な物事から遠ざけていたそうだ。

 その話を聞くとソフィアはその手腕に、尊敬の眼差しを送るのであった。

「魔獣と言えば街に行った時に、変な噂を聞いたんです」

 普段、侯爵家で使われる品物は商人が向こうから納品しに来るので、使用人がわざわざ街に降りることは少ない。

 これは彼女の休日の話なのだろう。

 休みが貰えると給料を握りしめて若いメイド達は街へ繰り出しては流行のリボンや布地を求め、お菓子や年相応の会話を楽しむのだ。

 領地暮らしといってもエーベルハルトの土地は侯爵領だけあって大きく、抱える街も賑わっている。

 私達家族のカントリーハウスがあるこの場所も、門を出て丘を下れば小都市の街並みが広がっているのだ。

 池や小川や林を擁すほど広大な敷地の小高い丘の上に建てられているので、屋敷内だけで暮らしているとのんびりした田舎暮らしのように錯覚してしまうけれど、ひとつの都市である事に変わりは無い。


「なんか四本足の縄みたいな木みたいな? ぐにゃぐにゃした黒い塊が出るんだって!」

 興奮気味に話をするソフィアを、マーサが一瞥した。

 無言で言葉遣いを窘めたのだ。

 ソフィアはしまったという表情をしながらも、一呼吸おいてからきちんと言い直した。

「黒い塊が出没するんだそうです」

 若干トーンが下がりつつも、話を止める気はないらしい。

「子犬位のサイズなんだけど日が暮れると、どこからともなく現れて街はずれとか彷徨うらしいんです。それで悪い人を見つけるとぐにゃりとにじり寄って、こう頭についてる? 大きな口があるんだけど、開けると真っ黒なの? それが獲物をパクって飲み込んじゃうんだって! ……って話なんですよ。新種の魔獣なんじゃないかって」

 そういってソフィアは頭の上で両手を広げて何かを挟むようにゼスチャーしてみせた。


 何だろう?

 よく分からないけれど不気味である。

 語り手が要領を得ないことも手伝って、その不気味さに拍車をかけている気がする。

 そもそも縄みたいな木みたいなという前提が分からない。

 荒縄のような木に似たものなのか、木のように節くれだった縄なのか。

 いや、私のこの世界の知識が不足なだけで、何かそういうものがいるのだろうか?

 なんと言ってもファンタジーの生き物がいる世界なのだ。

 とりあえずソフィアの様子から、普通の生き物ではないのは確かなのだと思う。


 マーサとソフィアは女性特有の共感力を発揮して、その怖いものについて盛り上がっている。

 どうやらマーサも出入りの業者から同じ話を聞かされていたらしい。

 ハンス爺は少し厳しい目でなにかを思い悩んでいるようだ。

 心当たりがあるのかもしれない。

 私と目が合うとコホンと咳払いをしてこう言った。

「それは奇妙な話ですな。領地には魔獣避けがあるからこそ、彼奴らは生活圏から離れた場所にいる訳ですし……。そもそも子犬のサイズで人を飲み込む事が矛盾しているように思われますが、単なる噂話でも何かあってはいけませんので、警備を強化するよう手配致しましょう」

 確かにサイズ的におかしい話だ。

 子犬のような生き物が人をパクンとしても、チワワが手に噛み付いてぶらぶらしている様子くらいしか想像出来ない。

 さすが亀の甲より年の功だけある。

 ハンス爺の言葉に不安が少し和らいだが、自分だって結構歳をとってるんですからね!とよくわからない対抗意識が一瞬、頭をもたげた。

 しかし次の瞬間にはやはり怖さが勝ち、その驕りはすぐに霧散してしまった。


 形がよく分からないみたいな所は特に怖い。

 教えてもらった魔獣という存在は何か動物の進化の延長線上にあるように思えるけれど、話に出てきた生き物は不可解で妖怪のような不気味さを感じる。

 単に何か見間違えならいいのだが、噂になるという事は勘違いにしろ、誰かが何かを実際に見ているか、誰かがそれを捏造して故意に流行らせているかどちらかのはずだ。

 変な生き物が街に出るなどと噂を流して、得をする人がいるのだろうか?

 うーん、悪魔祓い師とか妖怪退治時を仕事にしている人?

 そもそもそんな職業があるのかもわからないけれど。

 落ち着かない気持ちのうちにお茶の時間は終わり、私は魔獣や精霊の本を早速見繕って部屋に持ち帰ることにした。

 とりあえずはどういう生き物が、この世界にいるのか少しずつ知っていこう。


 午後からは予定通りダンスのレッスンである。

 ダンス用の靴と膝丈のドレスに着替えて柔らかい子供用のコルセットで腰周りを抑え、スカート部分の下にはパニエを付けてふんわりとボリュームがある形を演出する。

 動きにくいドレスでどれだけ優雅に踊れるかは、日々の練習が大事であるとダンスの先生は言う。

 形になっていれば及第点ではあるのだろうけど、侯爵家ともなるとダンスの誘いはひっきりなしになるそうで、相手に恥をかかせないためにむこうが間違えた時にも、自然にフォローが出来るよう技術を身につけないといけないそうだ。

 私はまだ子供なので着丈の長いフルレングスのドレスは着れない決まりなのだけど、子供用のドレスは足元が見えるのでステップにごまかしが効かない。

 幼少からダンスレッスンが組み込まれているのはそれだけ貴族の付き合いにダンスが重要なのだろう。

 正直ちょっとコルセットが苦しいのだけど、ドレスを着てワルツなんて日本のおばさんの時には経験出来なかった事だ。

 ちょっと気合が入ってしまう。

 王宮のパーティはどんな感じなのだろう。

 子供の頃、見た絵本のような感じ?

 王子様がいて大きなシャンデリアはキラキラと光って、楽団の演奏にクルクルと回るドレス。

 そう思うと練習に自然と力が入るものだ。


 ダンスの練習用の部屋へ入ると、先生がきれいに背筋を伸ばして私を迎えてくれた。

 私もそれを受けて出来る限り優雅にお辞儀をしてみせる。

 ここからもう授業は始まっているのだ。

 相手がそこにいるかのように腕を回した格好で、まずは停止して腕のポジションのチェックを受け、先生の助手が弾く子供向けの軽快なピアノ曲に合わせてステップを刻む。

 先生の手拍子に合わせてテンポが変わり、足の運び、顔の位置、視線や表情など気を配りながら踊っていると楽しい気分になってくる。

 子供の体は軽くていつまでも踊れるような不思議な万能感がある。

 力に溢れていて、自分がこんな風に体を動かせるという事実にうれしくなるのだ。


 ふいに扉がノックされ、曲が止まる。

 何か急用だろうか?

 先生が返事をすると、扉が開いた。

 そこからひょっこりと顔を出したのは兄だ。

「まあルドルフ様どうされたのです? レディのレッスンを覗き見するなんて紳士の振る舞いではありませんわ」

 先生が笑いながら声をかけると兄の顔が若干赤くなる。

 将来有望な兄だが、まだまだ女性のあしらいは子供だ。

「私の授業が早く終わったので、当家のレディのダンスの相手をしようかと思い立ちまして……」

 精一杯、背伸びした物言いが微笑ましくてかわいい。


 兄はいつも大人になろうと頑張っている。

 領地を守り領民を束ねる為に、勉学や剣術にいそしんでいるのだ。

 こんな小さな子が自分の置かれた立場に見合うよう真摯に取り組む姿を見ると、遊んで暮らしてるイメージであった貴族というものが音を立てて崩れていく。

 中には権力に溺れ税を絞り上げ饗宴に勤しむ者もいるらしいが、そのような浅はかな行為は自分の首を絞めるのと同然である。

 いずれ立ちいかなくなり、爵位を返上する羽目になるだろう。

 子供と言えど、こんな立派な心持ちの人が兄だなんて、なんて恵まれているのかと思う。

 その頑張りを思うと、健気でついほろりときてしまうのだ。

 赤子の頃ほど泣きはしないが、涙もろいのは治らなかった。

 兄を見習って私も家族に恥をかかせないよう、立派な淑女を目指したいものである。


「背丈の釣り合う方とのダンスはひとりで踊るより何倍もの経験値につながりますわ。是非お嬢様のお相手をお願い致します」

 先生の許可が出たので兄と対面しお互い手を回してホールドしてから練習再開である。

 背を支えられリードされて踊ると、信じられない様に軽やかに足が動く。

 ダンス上級者になった気分で、自然と顔に笑みが溢れてくる。

「兄様とのダンスは魔法のようです」

 くすくす笑いながら伝えると、兄はニッコリと笑顔を返してくる。

「うちのレディに気に入っていただけたようで良かった」

 ピアノの助手も興が乗ったのか、どんどん早い曲になっていき楽しい時間となった。

 クルクルと軽快に円を描き、時にはゆったりと優雅にバランスをとってみせる。

 本番と違ってこのフロアには私達だけなのだから、思う存分空間を使ってダンスを楽しむことが出来た。

 1度もステップを間違えず踊りきった私達に先生がくれたのは褒め言葉では無く、

「あなた方の将来の相手は気の毒ね。ベストパートナーが既にいるなんて」

というものだった。

 そこは褒めてくれていいのに。



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