78話 飴です
今日の詩人の出で立ちは、白の羽飾りにパールイエローの生地。
差し色にはオレンジが入っている。
前々から何かに似ていると思っていたがあれだ。
冠羽を真っすぐに立てたオカメインコに似ているのだ。
構わないと拗ねてしまうところも良く似ている。そう思うとちょっとは可愛く見える……気がする?
「ナハディガル様、お仕事はどうなさったのです? 今日は宮廷詩人として接待する側ではありませんこと?」
「ちゃんと仕事はしておりますよ? 詩人には余暇と霊感が大切なのです。今! ここで! あなたと踊ること以上に大事なことなどありますものか!」
すごい勢いで詰め寄ってくる。
「いけませんわ、ナハディガル様。身長差をお考えになって? いくら何でも腰を痛めてしまいますわ!」
実際大人と踊るのが不可能という訳でもないが、私は小柄で詩人は背が高いのだ。
これで優雅に踊れるとは思えない。
それにここで詩人と踊ってしまっては、この後大人まで相手にしなければならなくなる。
それこそ赤い靴の童話じゃないが、死ぬまで踊り続けさせるつもりか。
ここは詩人には悪いが、釣り合う子供としか踊りませんと言い張らせてもらおう。
「いいえいいえ、私の腰がなんとしましょう。ささ、どうか手をとって私を天上の舞踏会へと誘って下さい」
詩人も相当な頑固である。
一歩もひかないという決意でもしているのか、しつこく食い下がっている。
「やめなさいナハディガル!」
物わかりの悪い子供を前にした様に、つい呼び捨てで叱ってしまった。
やってしまった。王子も詩人も私を見ている。
淑女が声を荒げるなど以ての外だ。しかも子供が大人に対して叱咤するなんて。
私の落胆をよそに、何故だか周りの視線は好意的である。
一体どういうことなのだろう。
「あの毅然とした態度はいいのではないかい? 優しいだけでは無い様だ」
そんな声が聞こえてきた。
王子が耳元に口を寄せてこそっと教えてくれる。
「貴族はね。きちんと権力を振るえることも大事なんだよ」
なるほど、叱咤することも時には彼らには歓迎されるのか。
詩人の一人も御することが出来ずに、なにが王太子妃かということなのだろう。
そしてそれは意外にも詩人にも歓迎されたようだ。
「桜姫が、嗚呼、私の桜姫が、この私を呼び捨てにして。あまつさえやめろと命令まで……。これは夢ではないだろうか、ああ現であるに違いない。その唇が私の名前を呼び捨てに……」
恍惚とした表情で感動に打ち震えている。いやな歓迎のされ方である。
「ナハディガルを呼び捨てにしたなら、私のこともそうして欲しいな? フリードリヒと呼ぶ? それともフリッツと?」
王子は王子で対抗心を燃やしたのかなんなのか、楽しそうに私に要求してきた。
ほんとにもうこの二人は。
感動したままの詩人は王子の侍従によって退出させられ、私も王子も招待客の相手をしながら何度かまたダンスをした。
挨拶に歓談にダンスと貴族は思ったよりも体力を使うことを身をもって知る。
主役が子供二人ということもあり、通常の舞踏会などよりは早い時間に閉会したのが救いだ。
お互いお疲れ様と労い貴賓室へと戻るとテーブルの上にはかわいい小瓶が置かれていた。
クロちゃんは小瓶が気になるらしく、ふんふんと背伸びをして瓶に鼻先を付けている。
それを制止しながら添えられたカードを手にとると、そこにはゆっくり休むようにとのメッセージがかかれ瓶には蜂蜜飴が入っていた。
「先ほどまで、ずっとご一緒だったというのにフリードリヒ王太子殿下はまめな方ですね。ふふ、お嬢様は幸せ者です」
ソフィアがうらやましそうに私にそう言う。
偽儀式の前に王子がくれた飴だ。確か黄金の蜂蜜飴と言っていたっけ。
灯りにかざすとキラキラと金色に光って綺麗だ。
口に含むと少し焦げたような風味とハチミツの甘さが広がり、ほっこりと気分を和らげてくれる。
自分の方が大変だったろうに、本当にこういうことに気が利く王子である。
「黄金の蜂蜜というのはどこだかの名産だったと思いますよ。そこでは蜂蜜色のレンガの建物がたてられて、蜂蜜を使ったお菓子や黄金の蜂蜜酒が造られていつも甘い匂いに包まれてるって童話みたいな話を聞いたことがあります」
「そんな夢みたいな土地があるのね。蜂蜜が特産なら花がいっぱい咲いているのかしら?」
コロコロと口の中で飴を転がしながら想像してみる。
きっと、その土地のカフェにはホットケーキがあって色々な花の蜂蜜が用意されているのだ。
一切れずつ違う蜂蜜とバターをたっぷりとかけて、もきゅっと頬張り味わって……。
ああ、この世界にホットケーキミックスがあればいいのに!
賢者や男爵の事や考えることが色々あったけれど、飴のおかげですっかりそちらに意識をもっていかれて、のんびりと夜を過ごすことが出来た。
ここは寒くて暗い。
一体どこなのだろう。
私の体はフワフワと浮いて虚空を彷徨っていると思うと、突然の風に攫われてしまう。
ふと気付くと冷たい地面の上に立っている。
収穫も終わり荒涼とした畑。雪を被る山が背後に見えた。
畑は簡素な木の柵が置かれているだけで獣除けというにはお粗末なものである。
この寒い土地には獣自体も少ないのかも知れない。
畑の間にはポツポツと農家と思われるあばら家が立っていて、貧しいながらもここに人の営みがあることを教えてくれた。
あぜ道をたどると閑散としているが村と呼べる集落が見えてきた。
教会を囲む様にひっそりと木の建物が並ぶ。
雑貨屋や八百屋の看板も見て取れるがどれも年季がいったものだ。
夜闇に薄っすらと浮かぶ光が漏れているのは一軒だけ。
汚れた窓越しに中を覗いてみるとどうやら酒場の様だ。
濃い化粧の初老の女性がどかっと椅子に座り、酔いつぶれたと思われる男性を眺めている。
男性は黒いローブを着ていて、どこかで見た格好だと思えばそれは聖教師の服である。
聖職者も泥酔すると思うとちょっとほほえましい。
風の強い土地だ。
軒先の酒場の看板も音を立てて揺れている。
ここはどこなのだろう。
山がある方角から視線を感じる。
山、ああ、あれは山ではないのだ。
それは冷たくて大きい
人とはちがうもの
綿のような白いものがふわふわと浮いている
ふわふわふわふわ
私も一緒に浮かんでいると
おおきなものに たべられた




