73話 婚約披露です
「シャルロッテ、本当に大丈夫かい? 父様は心配で心配で」
情けない声を上げる父を母が叱咤する。
王宮での日々でおっとりした母はすっかり貴婦人の貫録を取り戻していた。
少しふくよかだった体型も王宮での生活では、のんびりする暇がなかったのかスッキリとしている。
私がいろいろしでかしたせいではあるのだが、こうやって母は強くなるのね。
「あなたしっかりなさって」
「でも、でも私のシャルロッテが……」
大の大人が半ば半泣きになっている。
「婚約するだけで、まだ嫁に行く訳ではありませんわ」
「私も心から賛成って訳ではないんだよなあ」
兄も父に便乗して不穏なことをいっている。
そんな家族の会話をしているのは王宮舞踏会の受付だ。
爵位の低い者は早めに控えの間に入り名前を呼ばれて入場して、高位になるほど後になる。
本来なら主催を司るホストが出迎えるのだが、ここは王宮なので彼らはホール最奥の上段の場所で全部を見渡しながら着席して待っている状態だ。
本日のエーベルハルトの入場順は最後となる。
順に名前を呼ばれ入場していき控えの間はどんどん人がはけていく。
「アウグスト・エーベルハルト侯爵、ヒルデガルト夫人並びにご子息ルドルフ様、ご息女シャルロッテ様の入場です」
王宮の執事長が名前を呼び上げ、その後に一家でホールへ足を進める。
中には貴族と著名な文化人が最後の客である私達を待っていた。
今日はあくまで王子の婚約者発表という場なので私は一応、招待客の立場である。
王子の為の特殊な会なので通常の大人だけの夜会とは違い、貴族の子女もある程度出席していて普段の社交界とは違った様相だと母が教えてくれた。
「エーベルハルト侯爵がご一家で……」
「この間の儀式の聖女の」
「あれが子息のルドルフ様と幻の桜姫か」
最後の入場なので注目も人一倍のようだ。
ひそひそと囁き声が聞こえる。
兄も噂になったのなら怪物討伐王とか斬鉄剣の騎士とか変な名称を付けられちゃえと思っていたが、何故かそうはなっていなかった。
悔しいがナハディガルの才能のせいか……。
案内に促されて玉座の前まで歩いていく。
国王アーダルベルト・リーベスヴィッセンは例にもれず金髪碧眼である。
この国のロイヤルカラーと言われるものだ。
随分前に王宮から姿を消したという前王の兄は茶髪であったというし、金髪でない王族も普通にいるが、そういう場合は金と青の装飾具や衣装を多く身に付けたりしているそうだ。
王家を象徴する色なので、もちろん国民にも好まれて、高級感を出したい時などよく使われている。
今日の私のドレスもそれに倣って王子の瞳と同じ色の生地で作られていた。
そこに桜色の差し色を入れて私らしさを出したとアデリナが自分の仕事を誇るように言っていた。
玉座まで家族で歩みより、国王に敬愛と忠義の最上礼のお辞儀をする。
形式的な王族への私達の挨拶が終わると、王が静かに口を開いた。
「本日集まってもらったのは他でもない。我が息子フリードリヒの婚約者を発表しようと思う」
この広いホール、何人いるのかわからないが全員が王に注視している中、静かにそう告げた。
国王と言っても父と変わらない年の上整った顔立ちで余計若く見える。
息子の結婚よりも自分の再婚を考えるべきでは?と、ついお節介な事を考えてしまった。
「シャルロッテ・エーベルハルト。前に」
執事長に名前を呼ばれ衆人環視の中、前もって言われた通り上段へと上がる。
小さい頃からマーサに教えられた通り、淑女として静かに優雅に歩を進めるのだ。
ふう、これはかなり緊張する。
周りはみんなかぼちゃとじゃがいも。そう自分に言い聞かせる。
上段に上がると王子が手を差し伸べてくれた。
それを取ってエスコートされながら王座の横に一緒に並んだ。
目に入るのは人の群れ、みな着飾っているので壮観である。
怖がってはいけない、ここは根野菜の畑だと思うのだ。
「シャルロッテ・エーベルハルトを第一王子フリードリヒの婚約者として、ここに選定することを発表する」
国王がそう告げると、どよめくような声と拍手が沸き上がった。ああ、もう引き返せはしない。
皆それぞれに思惑はあるであろうが、ここは祝福するポーズをとるのが貴族と言うものである。
私も出来るならばのんきに祝福する側にいたかった。誰かのじゃがいもになりたかった。
「既に聞き及んでいるだろうが、彼女は教会が認めた聖女でもある。我が国に聖女が現れ、奇蹟を行うなどなんと幸運であろうか。我が息子が彼女と太平の世を築き上げる事を期待している」
何だかそれもう結婚後の話をしていない?
王太子殿下の婚約者は学院での王子の虫除けみたいなものでは無かったっけ?
とりあえず淑女はニッコリ笑っているのが仕事なので、笑顔を崩さずに維持する事に専念する。
王の宣言が終わると執事長から王族の婚約者が持つ権利を読み上げられた。
王族と同じ保護を受けるとか王宮の出入りについて、不当な扱いには不敬罪を適応されるなど優遇される事柄をこの場に周知させて私の身を守るという訳だ。
目的のお披露目が終わり歓談の時間だ。
今日は婚約披露なのだから王子の横にいるよう親からも王子からも言われている。
色んな人に挨拶されて目まぐるしい。
横目で家族がいる場所を見ると、やはり取り囲まれて大変なようだ。
私が婚約者と聖女になったことでエーベルハルトと懇意にしたい人が増えたのだろう。
ルドルフも女の子に囲まれている。
どう対応しているのかそばで見て冷やかしたいけれど押し寄せる人という点では、こちらもそれどころではなかった。
「おめでとうございます。フリードリヒ王太子殿下、シャルロッテ」
ようやく知っている人が来た。知らない人ばかりで目が回りそうだったので、ちょと安心する。
レーヴライン侯爵夫妻とクルツ伯爵夫妻につれられてハイデマリーとコリンナも挨拶に来たのだ。
「シャルロッテすごく綺麗。フリードリヒ王太子殿下も私の大事なシャルロッテをどうかよろしくお願いします。今日の善き日を迎えることが出来て嬉しいですわ。王家の忠実な臣下として、そしてひとりの友人としてお祝い申し上げます」
ハイデマリーが私の手をとって感極まったようにそう言った。
「私……、私嬉しくって。本当にお似合いのお二人です! 茶会の日からだいぶたちますが夢を見ているようです。お祝いいたします!」
「君達は私達の出会いから全部見ているものね。期待を裏切らないようシャルロッテを大事にすると誓うよ」
コリンナが興奮気味に瞳に涙を溜めている。
彼女たちの真摯な気持ちが王子にも伝わったのか、儀礼的ではない王子の言葉にまた感動しているようだ。
「私……、私、感激ですぅ。ぐす」
王子は彼女が私と同じくスイーツビュッフェをパクついていたところまでしっかり見ていたはずという話しは黙っておこう。
クルツ伯爵が興奮して泣き出した彼女を宥める様子が微笑ましい。
そんなお祝いムードいっぱいの中で歓談していると、コリンナが何かに気付いたように眉をひそめた。
切り替えの早い子だと感心していると、突然真顔になって私に囁く。
「アニカ・シュヴァルツが来ます。シャルロッテ様、気を付けて下さい」




