69話 おしゃべりです
婚約披露宴の準備は各貴族に招待状を出すところから始まる。
婚約と言えど国内へ周知するのだから、全貴族と名だたる知識人に招待状は送られるのだ。
とはいえ、かなりの人数になるので招待はしても実際には全員と声をかわすことはないし、各階級と付き合い次第で挨拶出来たり参加するだけだったりと扱いは変わる。
本来なら付き合いのない男爵位の令嬢は出席することはない。
だがそこに賢者の肩書きが付けば、それは上位貴族と同じ扱いになるのだ。
学院に入学するまで会うことがないと思っていたアニカ・シュヴァルツ。
そう彼女も出席するに違いない。
高慢の種の件で状況証拠では彼女が一番怪しい上に、同じ世界から来た可能性まで出て来てどうしたものかと思案する。
「ふふ、シャルロッテ。眉間に皺が出来ていてよ」
ハイデマリーの白い優雅な指が私の眉間をトンっと押す。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」
「大変な時期なのだもの仕方ないわ」
「私、精一杯お手伝いします!」
元気にコリンナが言う。
今日は二人が陣中見舞い?に来てくれているのだ。こうして友人と会えるのは何よりの気分転換である。
「ありがとう2人共、私もこんな事になるなんて思ってもみなくて」
「シャルロッテなら上手くやれるわ。王太子殿下とお似合いですもの」
「私はハイデマリーの方が相応しいと思うのだけど」
どうにも慣れない立場に溜め息がでる。
「礼儀作法や貴族との付き合いならそうかもしれないわね。でもそういうことではないのよ。見ていてわかるわ、王太子殿下にはあなたが必要なのよ」
手を握って諭すように励ましてくれる。この子の言動は本当に大人だなあ。
「ああ! ハイデマリー様ずるいです! 私もついてますからね?」
もう片方の手をコリンナが握る。こんなかわいい女の子二人に囲まれて幸せです。
ハイデマリーの儀式は聖女の奇跡と呼ばれて脚色されながら広まった。
そこに詩人がひと役買ったのは言うまでもないだろう。
呪いに蝕まれた少女が黒山羊の落ち仔と聖女に救われる話は、信心深いこの国では同情と感動を持って迎えられたのだ。
社交界の中でもこの話を信じた上に、茶会でのハイデマリーの有様を目の当たりにして萎縮した令嬢達には申し訳ないが、彼女がわがまま放題した行為は婚約者選定のためと偽の情報に取って代わられた。
そもそも目撃したのは子供や侍女だけなのだ。
官位もない彼女達の証言が王子や侯爵令嬢の声を上回る事は出来ない。
皮肉な事に彼女に立ち向かったとされる私が婚約者になった事実が、その嘘に信ぴょう性を与えていた。
あの日降り注いだ花びらは乾燥させて各々家宝にしたり高値で売買されたりしているそうだ。
すでに紛い物も出ているそうだがそれを判断出来る人間はいないので、今後教会からの取り締まりの対象になるかもしれないという話も出ている。いつの時代もどの世界も商魂逞しい人間というのはいるものだ。
「全部シャルロッテのお陰よ。何度感謝をしても足りないわ」
「私、ハイデマリー様の危機に気付けなくて情けないです」
「コリンナが聖女になってくれたら私は楽だったのに~」
お菓子を食べながら気取らずに女の子と会話が出来る。
これは領地では出来なかった事で今の私の最大の楽しみだ。
婚約披露が終われば私の立場も確固たるものになるので、護衛は増えるけれどタウンハウスや領地に帰っても大丈夫という話だが彼女達と離れるのはさみしい。
少し窮屈ではあったが王宮での生活も後少しかと思うと、名残り惜しく感じるものだ。
領地館では手に入らない書物や、そこかしこにある美術品も私に彩りのある時間を与えてくれた。
「私が王太子殿下に固執したのは、あの方に恋していたのでは無くて王太子殿下の婚約者に選ばれる自分に価値を見出していたのですわ。もちろん素敵な方だとは思ってますけれども」
ポツリとハイデマリーが零す。
王子には申し訳ないが厳しい親の元、幼少から完璧な令嬢になるべく教育を受けていたのなら仕方が無い気がする。
特に高慢の種に蝕まれた状態では婚約者という立場にすがるしか自分を保つことが出来なかっただろうことも。
あの騒動で親の愛を確認出来た彼女には、もう王子の横に立つ必要は無いのだ。
正直ハイデマリーが真剣に恋をしていたのなら、私としても婚約者を何としても降りる気だったのだがこう言われるとどうしようもない。
そんな事を考えているとドアが3回ノックされた。
「シャルロッテー!王都で一番人気の焼き菓子を買って来たよ!」
兄ルドルフが両手に大きな焼き菓子の籠と花束を持って入ってきた。
茶会事件の後、彼は領地から駆け付け何度も茶会に付き添えばよかったと後悔をもらしたものだ。
それもあって今はタウンハウスから頻繁に私の元へ通っている状況だ。
私の婚約の事では唯一難色を示した人なのだけれど、教国からの召喚や国中からの求婚者の話を聞くと呆れながら婚約おめでとうと口にした。
ノルデン大公でも王子でもどちらでも変わらないよと口にしたのも彼だけだ。
なるほど兄というものは妹の結婚相手に対してはそういう認識なのかもしれない。
「おや、お友達が来ていたのかい?」
持っていたプレゼントを侍従のデニスに渡すとお茶を楽しんでいる私達に大仰な礼をした。
「お嬢様方、私のシャルロッテと仲良くしてくれて感謝いたします。兄のルドルフ・エーベルハルトです。この度の騒動では遠い領地にいたもので妹を助けることが出来ず地団駄を踏みました。不甲斐ない兄ですが妹共々よろしくお願いいたします」
兄の礼を受けて二人の令嬢も立ち上がって礼をとる。この辺は手慣れているのかそつがない。
可愛らしいコリンナの礼と優雅で完璧なハイデマリーの礼。
同じ型なのに、どちらもそれぞれの人柄が出ていて面白い。
花束から一本ずつ花を抜き取とると二人に兄が渡した。
「ご令嬢に会う準備が出来ていなかったもので、無作法だがこんなもので申し訳ない。お菓子もいっぱいあるからお茶を楽しんで下さい」
花をもらって二人とも頬を赤くしている。
そう、生まれた頃から見ている私は慣れてしまったけれど兄はかなりかっこいいのだ。
騎士になりたいというだけあって、体も鍛えているので細いながらも筋肉質だし父譲りの人好きのする雰囲気がなによりの特徴である。
学院や社交界へデビューしているならともかく、私達の様に子供部屋でほぼ過ごす令嬢には刺激的な存在であるのは間違いないだろう。
私は特別隔離されて育っているが、そうでない彼女達の目にも兄は特にかっこよく映っているはずだ。
楽しめなかった王宮茶会の分、今日は兄に2人をもてなしてもらうというのはどうだろうか?
なかなか良いアイデアな気がした。
さあルドルフよ!その無駄にかっこいい顔を存分に活かして、かわいい令嬢達をもてなすがよい!
好きな人達に囲まれているせいか、気分はちょっと女王様な私なのであった。




