68話 鉛筆です
母とアデリナがわいわいとドレスについて討論している間に、商会長から商売の話を聞く。
普段、商人は身近にいないのでとても面白い。
諸外国に行き商品を手配したり、掘り出し物を探したり楽しそうな仕事である。もっとも商会の資金がなければ出来ないことではあるが。
「そういえばこの間、学術地区へ行ったのです」
「ほう、それは何よりですな。目ぼしいものはございましたか?」
「そこで鉛筆とメモ帳を買い付けたのですが、鉛筆というのはあの黒鉛芯をホルダーにセットするものしかないのですか?」
ロンメルは少し頭を捻り思案したが思い当たらないようだ。
「筆記具というと通常は羽ペンやガラスペンの様なつけペンですからねえ。他は蝋に顔料を混ぜたクレヨンや亜麻仁油などを使う絵の具になってしまいます。つけペンを侍従に常備させている貴族の方はなかなか鉛筆など手にしないでしょうが、なにかございましたか?」
「文具店でもそう説明されました。軸に嵌めるか芯に糸を巻いたり布で巻いたりして使うと。手が汚れるからですよね?」
「そうですね。どうしても汚れたり持ちにくいのでそうやって調整します。手軽ですがやはり好まれるのはつけペンですね。ペンをお探しならば私から最高級品をプレゼントいたしましょうか?」
「いえ、私が必要としてるのはつけペンではないのです。あの、あの、では黒鉛を細い木で挟んではいけないのでしょうか?」
「板で挟むものもありましたが、なにぶん持ちにくいもので人気は出ませんでしたね。それの発展したものが芯ホルダーですね」
ソフィアに紙とつけペンとインクを持ってきてもらい、私の知っている鉛筆を説明をする。
「丸い細長い芯を作って、柔らかい木で芯を挟んで強度を上げた棒にするのですわ。挟んだ部分と芯を接着剤で固定して先端だけナイフで削り出せば手も汚れませんでしょう?」
図にして描いてみせる。まあ単なるありふれた六角形の鉛筆なのだけど。
「なるほど、柔らかい木材なら加工もしやすいですし接着時に圧力をかければ隙間も出来にくいということですか。これなら気軽に持ち運びもできますね」
「そうなんです。芯と軸がくっついているので削る手間はありますが、これまでより手軽に手紙やメモをかけると思うのです」
「黒鉛を加工するのに手間取りそうですが形状としてはいいアイデアだと思われます」
固い黒鉛芯を綺麗に加工するのはなるほど難しそうだ。
「粉にして粘土に混ぜて柔らかい状態で成形して乾燥させたりでは出来ませんか?」
「乾燥させたり焼いたりする方法はありますが、軸と一体化なら芯自体の強度はそこほどいらないのは強みですね。職人に手配させましょう。何通りか試せば物になりそうだ。これならば今まで以上に勉学を修める者や記者などに重宝されますね」
私の書いた鉛筆の絵を手にとると、もう一度確認して頷いてから書類入れにしまった。
なかなか仕事が早そうな人だ。
ほおっておいてもこの世界でも私の言う形の鉛筆は出てくるだろうけれど、その登場を私が若干速めても問題はないだろう。何故六角形なのかも知らないが1番ポピュラーな完成形なのだからデザインとして間違いは無いと思う。
鉛筆が普及すれば文字や絵を書く人が増えるし勉強も捗るだろう。
つけペンは優雅だけれど気軽に使うにはちょっと面倒なのだ。
「お嬢様はこれをどうして発案されたのですか?」
「学術地区の文具店で黒鉛芯を知りまして不便ではないかなと思ったのです」
「それだけで思いつかれるとは造形の才能もありそうですね」
前の世界では誰が作ったかも知らないほど普及しているものなのに、何かカンニングをしたような気まずい思いがする。
むこうの世界では取るに足らないものがこちらでは価値を持つことに今まで気付かなかったが、こうやって世界にかかわることも出来るのか。
記憶が残っている利点をようやく見つけた気がする。向こうの文化をこちらに取り入れていくのも黒山羊様の意向なのかもしれないとも思った。
「西の賢者様もそういうのが得意だそうで、いろいろなアイデアで領地を豊かにしたそうですよ」
「賢者様が?」
「ええ、主に衣服や化粧などに斬新なアイデアを提供してらっしゃいます。ニスを使って奇抜な色の爪にしたり、ガラスクズを指先に付けたりね。下品なので私は好きではないのですがミニスカートやらいう肌を露出する短いスカートのデザインを多く発案したりして娼婦の仕事着として大流行したものです」
会長は娼婦という言葉を使ったせいか、失礼しましたと姿勢を直してすぐさま私に謝罪した。
この時代、子供以外が足を出すのは、はしたないとされている。
それなのにミニスカートを発案?もしかして賢者もむこうから来た人間なのかもしれない。
「とにかくこの新しい鉛筆は実現したら貴族のみならず庶民の間でも流行ることは間違いありませんね。あなたが聖女や王太子殿下の婚約者でなくともロンメル商会はシャルロッテ様を支持いたしますよ」
そういって商人は本心なのかお世辞なのかわからない意思表明をした。
私自身は儲け話には興味がないが、知的文化が少しでも発展するのは良い事だ。
多くの人が文字や絵に親しむようになれば識字率があがり、それに伴い娯楽としての文学の発展に拍車をかけるだろう。
伝承や歴史を知るのも楽しいけれどやはり読み物としていろいろ揃ってもらいたい。
ソフィアの勤勉のお陰で思ってもみない事に関われた気持ちである。




