660話 遠くより来たりてです
その崩れた坑道の先にある水晶の棲家で、一輪の炎の花がチラチラと燃えていた。
燦然と輝く場であったその空間は、闖入者により幾つかの輝きを失い崩れて多少荒れてはいたけれど、相変わらず光に満ちていた。
あの騒動は脅威ではあったが、もう過ぎ去ったものだ。
彼女にとっては、取るに足らないものになっていた。
水晶生命体ともいえるその鉱物は、遠い宇宙からこの大地を目指してやってきた。
その小さな肉袋に崇高な意志や野蛮な欲望、色とりどりの夢や希望、腐敗臭のする煩悩を詰め込んだ人間という生き物は、まさに煌めく自身を増殖させる為に最適な餌であった。
その輝きは、全てがひとつでいて、全てが独立していた。
個にして全でありながら、その中にはその糧となった無数の魂がひしめき合って押し合い弾けて発光する。
それは、人とは違う概念の生き物だった。
その鉱物は、自身がこの世で1番美しい物であると思っている。
だから全てを飲み込んで自分自身にしてしまうのが、ソレにとっての当然の正義であった。
大半の者は、ひとたび自分を目に止めれば、誰もが手に入れようと魅了され、自分もこの輝きに身を投じたくなるのだ。
矮小な生き物でさえ、そんな思いを持つのだから、それは正しい事にしか思えなかった。
稀に、自分の中に確固たる指針を持つ者や他に同等の宝を心に持つ者は魅了出来ないようであったが、それは大した問題ではなかった。
そんな者は、同化の栄誉に浴することが出来ないのだからかえって気の毒なばかりである。
煌めき美しい自身を拡げ、醜い生き物を駆逐するのは、とても素晴らしい。
だから人は自分に身を投じて、喜びに泣き叫ぶのだ。
それは尊く何物にも代えがたい誉でしかない。
これまでそうであったし、これからもそうであるべきだった。
美しく全てを呑み込むモノ。
惜しむらくは天が晴れ渡り、自身の産まれた星との間に隔たりが無い時にしか力を発揮出来ない事であったが、横たわる鉱物にとってそれは些細な事であった。
獲物を引き寄せる為には、人の言葉や行動を利用するのが最善であると判断した。
それらを円滑に運ぶため、取り込んだ人間の中から、1番欲深く嘆き深い意志を使うのが常であった。
それが一番うまくいくのだ。
餌の気持ちは、同じく餌が一番よく知っているのだから。
そうして、自身である水晶を増やしていく。
水滴が岩を穿つように、少しずつ、ちみちみと虫が葉を食べるかのように時間を掛けて、ゆっくりと成就していけば良いのだ。
何せ時間は永遠に近い程ある。
どんな妨害があろうとも、いつかこの地を全て自分で満たせば自分の勝利なのだから。
それは気の長いというには途方もない野望であったが、寿命などほぼ存在しない鉱物であるのだからなんの問題は無かった。
そうしてこの星全てがキラキラと眩い水晶となったなら、また新しい大地を目指して宇宙を往くのだ。
だから、これは僅かな差異でしか無かった。
長い目で見れば障害ですらない。
自分の理に沿わない存在達の登場で、幾つかの集めた光が散ってしまった。
けれど少しの間活動を止めて息を潜めていれば、それは片付く問題だ。
もし、大半を失っても自分がひとつでも残っていれば、そこから増えていけるのだから。
百年二百年程も大人しくしていれば、今いる生き物は「みいんな」いなくなる。
そうして「みいんな」が忘れた頃に、また始めればいいだけだ。
失くした以上に、また時間をかけて集めればいい。
なにせ、こちらは永遠にも近い鉱物で、あちらは限りある短期間しか活動出来ない生き物なのだ。
もとより敵ではなく、わざわざ戦う意味もない。
今回は予想外の出来事だっただけ。
大人しくしていればいい。
そのうち、また自分の好きに出来る時間がやってくる。
それを経験としてよく知っていた。
それはチラチラと燃えていた。
その横には花の形を綺麗に留めた色褪せたドライフラワーの小さな束が置かれていた。
今、この鉱物を支配している精神であるセレネ・オイゲンゾルガー伯爵夫人は、それを懐かしくもつまらなそうに眺めていた。
眺めるというのは、語弊があるかもしれない。
今や鉱床全てが、彼女であるのだから。
目や視神経がある訳では無いけれど、長年の人としての習慣として眺めるというのが一番しっくりとくる表現なだけであった。
まだ水晶生命体と成ってから日は浅く、人としての記憶と鉱物としての記憶を行ったり来たりしながらの日々を過ごしていた。
愚かな人間がこの身を削り、砕いて人の世にばら撒くのは歓迎すべき事である。
力も小さくなるけれど、その分人々の手に渡って彼らを誘う事が出来るからだ。
夜毎の夢に訪れて、それはゆっくりと洗脳でもするように誘惑を吹き込んで彼らに種を埋め込むのだ。
どれだけ時間がかかっても、いつか水晶に身を捧げるように。




