67話 商会長です
婚約を受けた途端、目まぐるしく事が運ばれた。
王子の意向なのか国王の判断なのか婚約披露宴の日程は思ったよりも早く予定された。
王族の催しの招待状は通常かなりの余裕を持って出されるものだが今回は異例の速さであるそうだ。
ドレスもまた新調しなければならない。
もちろんデザイナーはアデリナだ。
王子が祈祷用ドレスを作らせた事が発端ですっかり売れっ子デザイナーになって、王都でも順番待ちなのだそうだ。
そこは昔のよしみと王子の威光で最優先で私のドレスを担当してくれるらしい。
聖女として大聖堂の祈祷に顔を見せるだけでも参加して欲しいと言う遠慮がちなゲオルグの申し出にもハイデマリーの件で尽力してもらった恩もあり断ることが出来ず王宮滞在中は参加する事になった。
忙しくはあるが、何はなくとも黒山羊様の信心を確固たるものにする手伝いは嫌ではない。
信仰や神秘が神の生命線だと知っているから尚更である。
「シャルロッテ様、これは?」
私は学術地区に行った時に購入した品物をソフィアに手渡した。
「本当はもっと前に渡したかったのだけど、あまりにバタバタしていてすっかり遅れてしまったわ。街へ行った時のお土産なの」
ソフィアは表情を明るくして荷を解く。
そこには文具店で購入した黒鉛芯とペンホルダーとメモ帳が入っていた。
年頃の女の子にこれは味気ないかもと思ったが王宮の作法や細々としたことをメモを取って勉強している様を見ると、今の彼女に必要なものは花やアクセサリーより文具な気がしたのだ。
「わあ、使いやすそうです。いただいて良いのですか?」
「いつも頑張ってくれてありがとう。私のせいで覚えることも多くなってしまってごめんなさい。あなたには苦労ばかりかけてるわ」
「ふふ、何をおっしゃるのです。お嬢様のお陰で第一侍女の私は羨望の眼差しで周りから見られているのですよ? 男爵家のしかも5女と言う本当なら庶民に嫁いでもおかしくない身分の私が! 感謝こそあれ苦労などひとつもないです! 両親からも私へのご機嫌伺いの手紙が来るようになったんですよ」
子供の時から親元を離れ侯爵家の使用人として弱音を吐かずいつも明るく務めている彼女には本当に頭が下がる。
ついこみ上げるものがあって、ぎゅうっと抱きしめてしまった。
「私を支えてくれてありがとう。これからもよろしくね」
私がそう言うとソフィアも抱き返してくれた。
「お嬢様にもらったこれでますます勉強が捗ります。一層精進しますね。私は幸せ者です」
彼女の目元に涙が見えた気がした。
ソフィアもお披露目会に向けて、ますます張り切っているところにアデリナがやってきた。
なんと彼女の所属するロンメル商会の会長もついてきたという。
エーベルハルトに出入りしている商会だが多忙な会長本人が自ら出向くのはあまりあることではない。
大体は新年と社交シーズンに顔を見せるくらいか。
普段は彼の腹心がうちの担当として出入りしている。
「会長がどうしてもお嬢様にお祝いを言いたいとのことで出張中なのを切り上げてきたのですわ」
根っからの職人であるアデリナは仕事の邪魔とでも言いたそうに口を尖らせてそう言った。
「ご無沙汰しております。エーベルハルト夫人、シャルロッテ様におかれてはこの度はおめでたい事で商会一同お祝い申し上げます」
仕事が出来そうな眼鏡のおじさんだ。
「わざわざありがとうございます。いつも領地への貢献感謝しておりますわ」
「こちらはささやかながら婚約のお祝いということでお納め下さい」
重厚な宝石箱を開くと天鵞絨生地が張られた内部の真ん中に美しいピンクの宝石で作られたイヤリングが鎮座していた。
「ヴィエランダー産のピンクダイヤモンドで作らせた桜の耳飾りでございます」
なんだかとんでもなく高価なものに見えるので怖気づいてしまう。
「いえ、お気持ちだけで結構……」
断ろうとすると母が被せる様に遮った。
「シャルロッテ。笑顔で『お祝いの品ありがたく頂戴いたします』とおっしゃい」
「でも、母様……」
母の眼光に負けて言われた通りに受け取った。
「この子はまだ教育中の身なので無礼を許してねロンメル。この子こういうやり取りが出来ないのよねぇ。こういう部分は何故か庶民じみているというか」
溜息を付きながら言われたがどうすればいいのかわからない。何か失敗したようだ。
「いえいえ、謙虚は美徳に通じますからね。親しみやすくて結構なことではありませんか」
「まあ相手があなたで良かったわ。この子とも懇意にしてくださいな」
「こちらこそよろしくお願いします。シャルロッテ様」
商会会長は商売人特有の愛想のいい笑顔でそう言った。
「さあ! 今の事は忘れてドレスに取り掛かりましょう」
母がそう言うとアデリナが待ってましたとばかりにデザイン画を広げてプレゼンが始まった。
ドレスに関しては母が仕切ってしまうのがわかっていたので、私はにこやかに笑顔を浮かべながらも暇そうにしている商会会長と話をすることにした。
「先ほどは失礼をしてしまったようで申し訳ありませんでした」
「いやいや、私めでよければどんどん失敗して学ぶといいですよ。シャルロッテ様の対応も場所と相手が違えば間違ってはいないのですから」
「私は何を間違えたのか理解していないのです」
商会会長は興味深そうに私を見てきた。
「エーベルハルト侯爵様のご令嬢として育ちながらそのようなことをおっしゃるとは。ああいう場合『ありがたく貰うわ、その辺において置いて』と返事する令嬢もいるというのに」
「そんな失礼なこと出来ませんわ」
「そう、失礼の意味があなたと他の方とは違うのでしょう。私はあなたに、聖女で王太子殿下の婚約者へ下心ありありで贈り物をしたのです。今後とも良しなにとね」
あまりにも明け透けな物言いにびっくりしていると、商会長はなおも言葉を続けた。
「そこであなた様が断るとどういう意味を持つと思われますか?」
「わかりません。過分な贈り物は恐縮してしまいますわ」
「そこですね。その感覚があなたの立場として間違っているのです。これを断るということは『あなたと今後、取引する気はありません。ただし、もっと良い品であれば受け取ってもいいわ』こういう意味になるのですよ」
意外な答えに目を丸くしてしまう。
「贈り物には注意なさいませシャルロッテ様。くれるものは貰い、貰ったものは忘れずに今後の付き合いに生かすのです。こういうものは侍女や侍従が記録をとっておいてくれますからね。美しく笑って受け取るのが淑女の仕事なのですよ」
なるほど、今後の繋ぎの為の投資みたいなものなのか。それを断るという事は相手にしない意思表示か、もっと良いものを寄越せと駆け引きをしたことになるのだ。
私の感覚ではわからないけれど貴族とはそういうものかもしれない。
口約束だけでなく価値を持つ贈り物がその保証となるのだ。
「勉強になりましたわ。ありがとうございます」
他の令嬢は謙遜や謙虚とは無縁で育てられるのだろう。
記憶がなければ私もそうなっていたと思うと育ちというのは本当に影響のあるものだ。
高飛車に振る舞う自分を想像してみたが、いまいち上手くいかなかった。
想像の中でもやはり高価な贈り物にはしり込みしてしまう私なのだった。




