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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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645話 面紗です

 そもそも、これは私の休暇だと言っていなかった?

 それなのに蓋を開けてみれば、高圧的な鉱山支配人に常軌を逸した魔術師がいて、その上消える鉱夫に生きた水晶だなんて休むにしては不穏すぎる場所じゃない?

 こんな場所で休めだなんておかしな話だったのだ。


 もしかしたら、いえ、もしかしなくとも単に嫌がらせでここに放り込まれたのだ。

 手紙の内容だって何だか意地悪だったし、こんな簡単な事に気付かないなんて鈍いにも程がある。

 自分にちょっと呆れてしまった。


 アニーとグーちゃんと暮らせた事はもちろん感謝している。

 料理を思い切り好きに作れた事も楽しかったし、いい経験になった。

 久しぶりに人目を気にせず身体を伸ばせたし、息抜きが出来たのは間違いない。

 そう悪い事ばかりではなかったのだ。

 でも、なんだか納得出来なかった。


「……用事は終わったようです」


 王子の問いにはこう答えるしかなかった。

 あの2人がいなくなって、ここに居残る理由ももうないのだ。

 カトリンの怪我は気になるけれど、その心配はここでなくとも出来るのだもの。


 だからといってこの姿のままでは、侯爵家に帰るのもはばかられた。


「では、私はちょうどいい時に迎えに来れたということだね」

 優しく笑う王子と一緒に帰れたらどんなにかいいだろうか。

 令嬢でなくなったことを喜んだのに、今ではそれが恋しいだなんて身勝手なものだわ。


「……、元の姿に戻れるか、わからないんです」

 少し声が震えてしまった。


「どういうことなのかな?」

 きちんと言うしかない。

 嘘は通じない人だもの。


「黒い雄牛様が、元に戻してくれなかったんです」

 さすがにこの事実を伝える時は、王子の目を見てられなかった。

 大人の姿で人に注目されなくて、これはこれで嫌ではなかったけれど、元の場所に戻るにはこのままでは無理がある。


「一緒には行けません」


 手まで震えてきた。

 それを押さえる為に、両手の指と指を組んで力を入れる。

 すっかり気が弱くなっていた。


「この姿は元と比べて、まるで別人ですわ。全部黒い雄牛様の気分次第で、戻れる保証もないんです。どうかこのままお帰り下さい。こんなお婆ちゃんを連れ帰っても、皆様お困りになるだけだもの」

 一緒に行って、親しかった人達が困惑するのを見たくない。

 そもそも証明のしようもないのだ。


「そのままでもいいじゃないか。君の家族も周りも中身が君なら気にしないさ」

 能天気な発言に反発してしまう。

「気にするに決まってます!」

「決めつけは良くないよ。話してみれば君だと分かるさ」

「それこそ決めつけです」

 私も頑固だけれど、王子もなかなか意見を曲げないのよね。

 為政者として育てられているからかしら。


「私は君だとわかったよ?」

「皆がフリードリヒ殿下と同じとは限りません……」

 どうしても歯切れが悪くなる。

「外見が気になるなら、いっそ厚手の面紗(ベール)を被ってはどうだろう? それなら外見を気にしなくていいだろう? 背が高くなったのは成長期だと説明すればいい」

 そんな事が許されるのかしら?

 女性の髪や顔、肌を隠す文化の国なら、それもありだとは思うけれど残念ながらこの国では浮いてしまうだろう。

 顔を隠す為のベールは確かにあるけれど、それは透明感のある薄絹や網目の荒いもので実際に顔が見えないという訳ではない。


「ベールを取らないなんて怪しすぎます。社交にも響くし、ずっと姿を隠しているなんて前代未聞です」

「人付き合いも最小限にすればいいさ。病気の後遺症で身体が思うように動かせなくなったとか理由をつけようか。実際、君の替え玉(チェンジリング)の件で、国の著名な医師が何人も診察しているから充分説得力はあるだろう」

 王子は前向きな意見をどんどんと並べ立てた。


「どちらにせよ元の姿をどこかでみせなければ、それこそすでに私が死んでいてその事実を隠しているのだとか噂が立つでしょう?」

「うん? 君も強情だね。それならいっそ黒い雄牛が置いて行った人形を使おうか。医者まで騙した出来だからね。たまに人形を座らせたり窓辺に立たせて人目に触れさせればいいだろう。まさに替え玉と言う訳だ」

 いい事を思いついたというように勢いづいている。


「どちらにせよ病気を患って回復が遅れているのなら、周りから婚約者を変えろと言われますよ」

 表に出ない、社交も出来ない妃なんてお荷物でしかない。

 彼が言っているのは、まさしく私をお人形として扱うということなのだ。


「君は地母神教の聖女なのだから、誰も文句はいわないさ。君は気さくだけれど、貴族に対してだって雲の上の存在くらいに振舞って許されるのだよ。聖女という点において気安く姿をみせないのは演出として悪くない」

「そんな無茶過ぎます」

 実際にそんな事をしていたら、私はともかく王室への反感に繋がるだろう。

 そんな危険は犯せない。


「私は、君がいいんだ」

 彼は真剣な目で私を見た。


 なんて嬉しい言葉をくれる人なのだろう。

 その言葉をもらえただけで十分。

 私は彼の大事な人で、私も彼が大事なのだ。

 だからこそ、わかってもらわなければ。








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