66話 婚約です
背に腹は代えられず、私は他の方法を見つけることは出来なかった。
きっと王国始まって以来の色気のない婚約なのではないだろうか?政略結婚でももうちょっとマシな気がする。
「観念したという顔をしているね。悔しそうだ」
王子が優雅にお茶を飲みながら話しかけてくる。
涼しい顔をしているが内心してやったと思っているに違いない。
「こんなに急になると思っていませんでしたわ。いいですか? 今回は婚約する運びとなりましたが、ちゃんと私以外の令嬢も見てそちらが好ましい時はちゃんと言って下さいね」
「君はなんで私を他の令嬢に押し付けようとするのかな? 私の事が嫌いかい?」
「嫌いな訳あるはずがないじゃありませんか。でなければ一緒に散歩したりお茶をしたり出かけたりしませんわ」
ちょっとツンっとして返事をする。それを聞いて嬉しそうにするのもまた腹が立ってくる。
一度も嫌いなどと思った事はない。たまに怖いと思う事はあっても。
「じゃあ何故そんな事をいうのか教えてもらっていいかい?」
「王太子殿下の婚約者になったら目立つじゃありませんか。それに公務を覚えたり私は領地でのんびり暮らしたいだけなのです」
正直過ぎるがこの王子に変な隠し立てをしてもいいことはないような気がした。
「いや君もう桜姫やら聖女やらで目立っているからね?」
また吹き出しながら笑っている。
「すぐそうやって笑うんですのね! 淑女に対して失礼でしてよ!」
「いや、ごめんごめん。シャルロッテがつい可愛らしいもので」
ボッと顔が赤くなる。
この王子最近遠慮が足りなくないだろうか。将来はプレイボーイになりそうだ。
「国を治める上で大変な重責を負わせるのは申し訳ないと思うよ。だけど私以外は君を守れないからね?」 のは のは
「守るってどういうことです?」
「君は目立ちたくないと言いながら、すっかり有名になってしまったよね。神聖教国が聖女をほおっておくと思うかい? 今だって教国で聖女の試練を行うべきだと申し出が来ているくらいだ。教国に行ったら最後、彼らは君をエーベルハルトに返してくれるかな? それこそ教国でシンボルとして掲げられて寝る間もないほど働かされるか、奥深い神殿で祈祷を続ける毎日でのんびりとは縁遠いよ?」
は?あの大聖堂の一件でそんな事になっていたというの?
まあ考えて見れば黒山羊様の巫女である聖女を教国の膝元に置きたいのはむべなるかな。
散歩やお菓子を食べるくらいは許されるかもしれないが、観光したり温泉を掘ったりは出来ないだろう。
ハイデマリーの為とは言えもうちょっと慎重になるべきだった。覆面をするなりで正体を隠せば良かった気がする。
誰だ大聖堂の礼拝堂でやろうとか言い出したのは……。
つい、ゲオルグの顔を思い浮かべて想像の中で拳をふるってしまった。
呆然とする私を見て、王子がなおも現実を突きつけてきた。
「王族の一員になれば施政に忙しくはあっても勉学も遊びもする余裕はあるし、お爺様のようにある程度の年齢になったら引退してノルデンかエーベルハルトでのんびり暮らすのも可能だからね? そしてなによりお爺様といつでも会えるなんて他にはない特典だと思うのだけど?」
大公の事を持ち出すのはずるい。勝ち誇ったような笑顔である。
何故この王子は自分の婚約者のメリットをテレビショッピングの様に説明するのだろう。
いや、私の往生際が悪いのは重々わかっているけれど彼が強要しないで、私自らに選ばせようとしているのがまた気に食わないのだ。
彼にとっては私の意思で婚約者になるということが大事なのらしい。
いっその事王族の命令であるとかなら、悩む隙もなかったに。優しいのかなんなのか不思議な王子である。
「わかりました。わかりましたとも。納得してお受けいたしますわ」
お手上げという様に両手を小さく上げてそういうと、王子は私の右手をとり手の甲にキスを落とした。
「親愛なるシャルロッテ・エーベルハルト。申し出を受けてくれてありがとう。私は全人生を君に捧げよう。いつも私の横で笑っていておくれ」
突然の真剣な王子の様子に戸惑ってしまった。
これは子供の口約束ではないのだ。彼はもしかしてずっと本気だったのかもしれない?そう思うとグダグダ言っていた自分がものすごく子供っぽく思われてきた。
契約なのだから私もここは茶化してはいけないのだと思う。
「フリードリヒ王太子殿下に親愛と忠誠を」
言葉を選ぶ余裕がなくて少し味気ない返事になってしまったが、王子もそれをわかってくれたのか優しく笑っている。
私達の様子を見守っていたソフィアや召使達や護衛が、一斉に拍手をしだした。
そういえば皆いつも通り控えていたのだ。
ちょっと照れくさいがこれは祝い事なのだ。
こんな風に結婚を視野に入れることになるとは思わなかったけれど悪い結果ではないだろう。
もちろん他にいい令嬢がいればそちらを推薦するのは私の中では変わらない。
この王子が幸せになれるように傍で手伝いたい気持ちが大きいのだ。
こうして私は王太子殿下の婚約者になった。




