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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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640話 不仲です

 王子とアニカがこうやって会話をするのを目の当たりにする事はあまりなかったけれど、こんなにギスギスしたものだなんて思ってもみなかった。


 いつもこの2人が顔を合わせるのは舞踏会や茶会という公式の場であったので、挨拶程度しか言葉を交わさないのだ。

 私的に会見したという話も聞かないので、交流はほぼないようなのだ。


 王子は私との会話で彼女の事をとんでもない令嬢だと言っていたけれど、実際のところアニカは可愛らしい外見をしているし婚約者の私の手前、褒めないようしているのかもと思った事もある。

 それがまさかここまで不仲だったなんて。


 アニカも王族の婚約者に納まりたいなら、もう少し礼儀正しくしてそれらしい態度をとればいいのに、どうなっているのかしら。

 この疑問はずっとつきまとっている。

 彼女は私と違いすぎて、その考えを今まで理解出来たことがないのだ。


 彼女には王子に対しての好意が欠けているし、王子もその気はまったくないようだ。

 誰が見ても上手くいくはずがない。


 それでも王太子妃になりたいのは、名誉と地位、もしくは賞賛の為でしかない。

 そこは貴族らしい野望といえるけれど、建前だけでも穏やかに話さえ出来ないような相手と結婚は厳しいだろう。

 少しの間、睨み合いまでとはいかないけれど王子達は鋭い視線を交わし合った後、アニカが先に折れた。


「勝手にするといいわ。私はそこの女に用があるだけだから、王子様はごゆっくりどうぞ」


 分が悪いと判断したのか、アニカは退室の許可を求める様に礼を取ると私の方へと歩いてきた。

 まさかさっきの続きを、場所を変えてしようとでもいうのかしら。

 人のいない場所へ連れて行かれたら、髪を切られるだけでは済まないかもしれない。

 どうするか考えていると、王子が割って入った。


「私も彼女に用事があるんだ」

「はあ?」

 令嬢が出してはいけない不満そうな声を、アニカが漏らした。

「食堂のおばさんに王子様が何の用だっていうの? まさか私の邪魔をしたいだけでそう言ってるとか?」

 確かに王子に私への用などある訳がない。

 当てつけにみえるのはその通りだ。


「先ほども言っただろう? いろいろな鉱山の噂のひとつが彼女の事だ」

 料理が王子に届くほどの噂になったのかと驚いたけれど、スヴェンが元貴族が来たと報告した結果かもしれない。

「だとしても、私が先に目を付けたの。この鉱山は私のモノなのよ」

「それはおかしなことをいう。この鉱山はオイゲンゾルガー伯爵の持ち物で、シュヴァルツ男爵家とはなんの血縁もないはずだ。朧水晶を発見したのが君だとしても、その褒章はもうもらっているだろう?」


 そう、新鉱石の発見で国から幾ばくかの金品が出ているし、何より賢者の称号を与えられる後押しになったはずだ。

 朧水晶から得られる収益に関しては、伯爵と発見者のアニカの契約の話であり、また別の話である。


「だとしても、伯爵は私に恩を感じて好きにしていいっていってるの。王子様だからって好き勝手しないで」

 その言葉にチャッっと音を立てて、騎士が王旗をアニカの方へと傾けた。

 王旗が付けられているのは先が鋭く尖った槍のような長物で、不遜なアニカを威嚇した。


「その伯爵は、先ほど捕まってしまったけどね。今後はこちらの鉱山を好きに出来ると思わないように。どちらにせよ、この国のあまねく土地すべて王権の届かぬところはないと心得てくれ」

 アニカは、貴族としてものすごく基本的な事を念押しされていた。

 まあ、貴族でなくとも知っているものであるが。

 賢者と持て囃されて勘違いして、彼女がその称号の持つ権威以上の振る舞いをしている事へ釘を指したのかもしれない。


 賢者派のオイゲンゾルガー伯爵が治めていた土地を、そのまま同じ派閥の貴族に管理させるとは思えない。

 今まで通りのアニカを尊重した契約にはならないだろうし、それは彼女の活動資金にも響く事だろう。

 今回の件は、目に余る賢者の勢力の力を削ぐ側面も持っているようだ。

 どちらにせよ朧水晶の棲家へ至る道は黒い雄牛の仕業で崩落してしまったのだから、今後この鉱山の経営は難しいものになる。


「それに」


 王子は続けた。


「この鉱山が君の物なのだとしたら、ここで起こった連続殺人事件や横領に君も関わっていたという事でいいのかな」


 王子がにっこりと意地悪く笑った。

 そうそう、たまにこういうところがあるのよね。

 そこが人間味があって彼の個性のひとつだと思う。


 その言葉はアニカにとどめを刺すものだった。

 実際はどうなのかは分からないけれど、この鉱山での自身の権利を主張する事は、今や沈む泥船に乗り込むようなものだった。

 アニカは皺になるくらいスカートを握りしめると、舌打ちする。

 そして捨て台詞も残さず足早に取り巻きを連れて出て行った。








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