636話 明るみです
興奮する細工師をよそに、王太子が静かに話しかけた。
「そなたがラムジーか?」
「ほら! 俺の名前を知ってるぞ! お前ら、聞いたか? 王太子が俺の名前を呼んだんだ! ひひっ」
くわりっと目を見開き、口角が上がる。
周りを見渡しながら、顔を上気させ笑みを浮かべた。
その浮かれ具合に野次馬達は驚いていた。
いつも周りを見下し、偉そうな態度で話し掛けても返事もしないのが細工師という男だった。
食事も小屋に届けさせ、唯一グンターとだけ交流をとっていた男が、こんなに話すのを初めて聞いたからだ。
王太子は騎士と視線を交わし、頷いてみせる。
「間違いないようだ。高慢の種事件の犯人として、そなたを確保する」
それを聞いて、ラムジーはぽかんとした。
待機していた枷と縄を持つ騎士が彼に駆け寄ると、すぐさま捕縛する。
「これなるラムジーなる者。禁忌とされた魔術による高慢の種事件にて、ハイデマリー・レーヴライン侯爵令嬢への加害及びシャルロッテ・エーベルハルト侯爵令嬢への加害未遂により身柄を拘束する」
騎士が罪状を述べると、ようやく目が覚めたのか暴れ出した。
「なんだってそんな前の事を? 今更だろ! そんな事より俺の才能を認めてくれ! 褒めたたえろ! 俺は他の誰にも出来なかった偉業を成し遂げたんだ! なあ?」
必死になって言い訳をこねくり回してみるが、それが届くはずはなかった。
どれも全て犯罪者の戯言だ。
「彼女らの尊厳を踏みにじろうとしたそなたを賞賛する者は、この国にはいないであろう」
王太子の冷たい視線に、ラムジーはアニカに助けを求める。
「アニカ様! 助けてくれ! 婚約者ならきっという事を聞くはずだ!」
当のアニカは顔を背けて、大きな溜息をつくばかりだ。
「正気でないようだが、私がシュヴァルツ男爵令嬢と婚約した事実はないし、今後もそのような予定は無いと言えよう。それ以上虚言を並べるようなら、侮辱罪という罪状も増えることになる。まあ、罪が増えたところで、死罪は免れないだろうが」
王太子は表情を変えずに冷静に話しているが、言葉の端々に心底不愉快であるのが滲み出ていた。
「助けてくれ! アニカ様! あなた様がやらせたんだ! あれは、アニカ様がしたんだ!」
少女は、ラムジーを睨みつけた。
「この狂人を早く連れて行って! こんなでたらめばかりいう男が野放しなんて、この鉱山はどうなってるの? 私に罪を擦り付けようだなんて、なんて恐ろしい! ねえ、騎士様。私を守って」
先程までのふてぶてしさはどこへやら、アニカは大きな瞳に涙を溜めて1番近くにいた騎士に抱きついて訴える。
「アニカ様! 言うことをきけば、俺を宮廷魔術師にするって言ったじゃないか! 俺は言われた通りにしただけだ!」
「きゃあ! 酷いわ。私、こんな人知らない」
少女は騎士に隠れる様にして震えてみせた。
「俺の膝に乗って、俺に全部くれるって言ったじゃないか……」
その言葉を遮るように、アニカは怒鳴った。
「はあ? 信じられない。あんた、誰に物を言ってるの? 不敬罪よ! とっとと連れてって!」
余程聞かれたくないのか、弱弱しさはそこにはない。
ころころと態度を変える男爵令嬢に、観衆はどう判断していいのか戸惑っていた。
反対に騎士達は慣れているのか動じずにいる。
王国西部に栄誉をもたらした賢者と呼ばれる魔法の才女。
商才もあり王太子の婚約者におさまれば、更なる発展を呼び込むはずだと人々は沸いた。
だけれど、その座を権力で侯爵令嬢に奪われてしまうという悲劇に見舞われることになる。
それが西部の民衆にとってのアニカ・シュヴァルツという少女だった。
人々は彼女を敬愛し、褒めたたえていた。
聖女と呼ばれる少女がいなければ、この世の栄華をすべて手にいれたはずだった。
そう彼らは同情していた。
それがこの短い時間で、化けの皮が剥がれたのだ。
そこに可哀想な少女はいなくて、本物はふてぶてしく傲慢で誰よりも横暴な貴族だった。
何より女を武器にする娼婦達は、少女に同業者の片鱗を敏感に感じ取っていた。
いや、タチの悪い同業者と言うのが正しいだろう。
自分を弱い被害者に仕立てて、他の娼婦から客を奪っていく最も嫌われる輩だ。
同性にしか見えないいやらしさ。
それを確実に嗅ぎ取っていた。
そんな周囲の当惑をよそに、ラムジーは絶望して膝をついた。
女神のように信奉していた相手に裏切られたのだ。
そのままズルズルと引き摺られるようにして連れて行かれる。
食堂では捕物が終わって一瞬気が緩みかけだが、まだ終わりではなかった。
「こっちはグンターだな? 連続鉱夫殺人事件の実行犯として拘束する」
騎士が逮捕状と思われる羊皮紙を広げて、跪くグンターの前でそう宣言した。
斬られた手は騎士によって止血されていたが、いまだ痛みに顔を歪めている。
それでも大人しく平伏していた彼は、思いもよらない展開に呆然としていた。
「連続殺人……?」
そんな罪状が自分に降りかかるなど、まさに青天の霹靂であった。




