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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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630話 嘲りです

「アニーの事をいってらっしゃるの?」

 声が震えた。

 それを聞いた少女は、高らかに笑った。


「ア・ニー! あはは! 愛称なんか付けて可愛がってたんだ? なのにそれも取り上げられちゃうなんて、なんて可哀想なの。あの子、自分の名前分かってた? 『愚図』とか『屑』とか名乗らなかった? ああ、そんな賢くないか。ずっと、そう呼ばれてたのにねえ。覚えが悪い子でしょ」


 この子はアニーの事を愚図だと言ったの?

 ペットだと言ったの?

 ずっと酷い言葉で呼んでいた?

 アニーの家族を奪って、アニーに与えられるはずの愛情を一身に受けたあなたが?


 アニーが、何をしたというのか。

 あなたと、同じ名前で、同じ髪の色で、同じ瞳の色だっただけなのに。


 私は頭が真っ白になった。


 無邪気に笑うあの子を思い浮かべた。

 私の後を付いて回って、頼めば手伝ってさえくれた。

 文字だって読めていたし、賢い子だったわ。


 せっかく精神的に安定して良くなってきたというのに、連れて行かれてしまった。

 アニーを虐げる元の場所へ。


 アニカは、私のここでの生活を黒い雄牛から聞いていたのだろう。

 そして、アニーを連れ去った事も知っているということは、私達が別れてからここに来る前に黒い雄牛と話をしているということだ。


 このタイミングでアニカが現れたのは、アニーを失った私を嘲りに来たのではないか?

 きっとそうに違いない。

 自分の目で、私が悲嘆にくれるのを確認しにきたのだ。


 この優越感に浸っているその顔が、何よりの証拠だ。



「あ、もしかしてあの子の厄介払いが出来て良かったとか考えてる? わかるわ! あの愚図、足手まといだもん」

 畳みかけるようなアニカの言葉に涙が滲んだ。


 私はアニーを守れなかったのだと、今まさに思い知らされていた。

 グーちゃんが付いて行ったから、どうだと言うの?

 彼が、黒い雄牛に敵うというの?

 人のいいグーちゃんが、この目の前の楽しそうに醜悪な言葉をわめく人間に敵うというの?


 私は何も理解していなかった。

 別れを前向きに受け取ろうと、世の中の悪辣さから目を背けて、きっとグーちゃんが上手くやってくれると無責任に夢を見ていたのだ。


「あなたに、あの子の何がわかるっていうのよ!」

 私は叫んでいた。

 そう叫ばずには、いられなかった。


「あー、こわ。助けてー! このおばさんヒステリーなんですけどー!」

 まるでふざけているかのように、棒読みの台詞を彼女は吐いた。

 これが劇なら大根役者もいいところだ。

 私を少しも怖がりもしていないのに、アニカは笑顔でそういうと、控えていた男へ目で合図をする。

 男は、私の腕を後ろに回して拘束した。


「痛っ!」

 捻り上げられた腕の痛みに声が出た。

「ねえ、不敬罪って知ってる? ふ・け・い・ざい。あー、私に向かってあんたが怒鳴るなんて、信じられないわ。あんたの身分は何だっけ? 貴族? 平民? 元・貴・族? とかなんだっけ。きゃははは! それって、そこらの奴らと同じって事?」

 アニカは、周りで見ている鉱夫や娼婦達をわざわざ指差した。

「あんた達は豚と同じよ! 私に、何も出来ない! 出来やしない! ブヒブヒ鳴いて、せいぜい餌をねだることくらいしか出来ないのよ!」

 私の涙が、彼女の嗜虐心に火を付けたのか、頬を紅潮させて罵倒は止まることがなかった。


「ねえ、あんた達も聞いたでしょ? この女が、あろうことか、この私に暴言を吐いたのを」

 言い聞かす様に野次馬たちに話かけた。

 誰も返事が出来ない。


「ほら、賢者様に謝罪するんだよ」

 男が私の手を捻りあげながら、そう促す。


 謝る?

 なにを?

 アニーを侮辱したのはアニカなのに。

 アニーを虐げたのはアニカなのに。


「ほら、婆さん謝るんだよ」

 アニカの後ろでグンターも忌々しそうに、そう毒づいている。

 ようやく気付いた。

 この場はアニカの為に用意された舞台で、私は裁かれる悪役なのだ。

 ロルフや鉱夫や娼館の姐さん達が、今にも抗議の声をあげそうだ。

 彼らは舞台のモブなのだ。

 舞台の脇役であり、観客であり、そして私の罪の証人と言う訳だ。


 だからこそ地位の高い賢者を迎えるなら本来、部外者を人払いすべきなのに、取り巻く野次馬を放っておいたのだ。

 もし、その中で正義感を募らせて逆らう者がいたら、それを裁くのもシナリオにあるのだろう。

 そして、アニカはそれを見た私の顔が歪むのを楽しみに期待しているのだ。

 だからこそ、ここまで煽っているのではないか。


 そう思って周りを見てみれば、いかにもその役にふさわしい人達が目に入る。

 拳を握り締めて、今にも殴りかかろうとしている男や、それを止める者。

 悔しそうに唇を噛む人もいる。

 私を見ていられないのか目を背けて、怒りに震える人もいた。


 それを目にした時、私の中で頑なだったものが溶けた気がした。

 彼らもまた鉱山で一緒に過ごした仲間で、無力な私がいいようにされるのを見過ごせずに力になろうとしているのだ。

 私の為にまさに今、貴族階級に逆らおうとしている。


 そんな彼らを守れるなら、私が謝罪する事なんて屈辱でもなんでもない事ではないか。

 アニーを守れなくとも、私が頭を下げればここにいる皆は守れるはずだ。

 謝るだけでいいのなら安いものである。

 







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