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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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620話 霊廟の落とし子です

 洞窟の暗闇の中で、ひとり遊びしていた弱々しい少女。


 そこから始まった家族のような穏やかな日々。

 見るもの全てに驚いて流れる水にはしゃいでいた。

 色とりどりの紅葉に目を丸くしていた。

 頬に当たる風にさえ喜んでいた。

 甘いものを食べるたびに笑顔が弾けた。

 人の悲しみに寄り添って泣きじゃくっていた。

 木彫りの作品をまるで宝石のように恭しく扱っていた。

 狭いベッドで一緒に眠り、温もりを分け合った。


 目が合うと、花が綻ぶように笑ってみせた少女。


 走馬灯のようにアニーとの思い出が蘇る。


「そんな事、させないわ!」

 相手が神様だとしても引けはしなかった。

 あの子をそんな目に合わせるなんて許せない。


「君に私を止める手段があるとでも言うのかな?」

 手段、そんなものはないけれど好きに連れて行かせるのは許せなかった。

「そんな事、黒山羊様がお許しになるはずないもの」

 呆れるほどの他力本願だけれど、神様の威光を借りてでも止めなければならない。


「なるほど、確かにこの箱庭の世界の主には私はかなうまい。だけれどね、残念な事に、この鉱山の教会はもう昔に廃されて、黒山羊の数多の目から外れている。その上、外から覗けないまじないがしてあるんだよ。勿論、この子が元いた場所にもね。君の神様は知りもしない私達をどう裁くというのだろう。そして私にはそこの蜘蛛にやってみせた様に君らを止める術もある。さあ、それで無力の君が、この私をどうしようっていうのだい?」

 私は唇を噛んだ。

 そうだ、この鉱山は神様から見えないように旧い印で囲われているとラムジーが言っていたではないか。

 何も出来ない。

 悔しくて涙が滲む。


 私には何の力もなく、差し出せるものといったら自分自身しかない。

 弱くて人に隠れて争い事を避けていた私が変われたのはあなたのおかげ。

 荒くれの鉱夫に立ち向かえたのは、アニーあなたがいてくれたから。

 あなたがいたから私は見て見ぬふりをしない、なりたい自分になれたのだ。


「わ……、私がアニーの代わりに」

 そう言いかけた所で、アニーが私の方を向いて首を振った。

 その目には涙が溜まっている。

 今のやり取りを彼女は理解しているのだ。


「やあ、物分りがいいね。その点君はさっぱりだなあ。いつだってそうだ、我が父を蔑ろにした事も理解しがたいし、期待通りに動いてくれたことがない。考えてもみてほしい。君をこの子の代わりにしたら黒山羊を敵に回すことになるじゃあないか。そんな事も分からないのかな? それにこの子はそうそう代替のきくものではないのだよ。唯一無二の適合者。この髪も目も名前も……」

 そこまで言ってアニーの顔を覗き込むと、黒い雄牛は変な顔をした。

「2つの黒い石はどこにやったのだい? それにその……」

 その隙にグーちゃんが飛びかかる。


「おっと」

 雄牛はアニーを持ち上げて華麗にそれを避けた。

 グーちゃんは、つんのめるように歩を進めると振り返って臨戦態勢をとっている。

 その赤い眼光は鋭く、呼気は荒々しい。

 背を低くして鉤爪を構える姿は、気弱で優しいグーちゃんとは思えないほどであった。


「お前みたいなのが、あの洞窟にいるなんてね。あの時は獣同然だったから放っておいたのが間違いだったかな。どれくらい食べたのかはしらないけど、すっかり1人前じゃあないか。お前が人に手を貸すだなんて想定外だったよ。いやあ愛し子は運がいい」

「シャウ、こいつ、なんだしか?」

 雄牛は興味津々にニヤニヤとグーちゃんを眺めている。

 神様のひとりだと教えて納得するかしら。


「お前が出ばったせいで、愛し子は難なく楽に洞窟を抜けてしまったよ。ああ、惨めな思いで多少は絶望でもして出てくるのを、せっかく楽しみにしていたというのにな」

 雄牛は、がっくりと肩を落としてみせた。

 この神様は本当に趣味が悪いわ。


 貰った手紙でも匂わせていたけど、この人は私が苦しむのを面白がっているのだわ。

 記憶を無くす前の私は、なんだってこの人に付いていったんだろう。

 彼は私の失くした記憶でさえ楽しんでいる。

 聞いても教えるつもりの欠片もないのが伝わってくる。


「こいつ良くないんだし。ここにいちゃだめなもんなんでし」

 胡散臭そうにグーちゃんは言い捨てた。

「私が『良くない』のなら、何が『良い』ものなのかな? この世は良くて良くないものばかり。お前だって『良い』ものだけで出来ている訳じゃないだろう? 彼女らに嫌われない様に、『良くないこと』は見せていない。隠し事だらけの霊廟の落とし子よ」

 その言葉にグーちゃんの表情が陰った。

「ぐーちゃ、いじめないえ!!」

 アニーが、その可愛らしい顔を悔しさでくしゃくしゃにしながら雄牛に叫んだ。


「おや、これは勇敢になったものだ。さて君は、どれくらい回復したのだい? 私にようく見せておくれ」

 威嚇するグーちゃんを後目に、雄牛はアニーに顔を近付ける。

「アニカ・シュヴァルツのカタワレよ。君は正気に戻れたかい?」

 踊るようにアニーを持ち上げたままくるりと円を描く。

「しゃうー! ぐーちゃ!」

 アニーは逃れようと手を伸ばすが、長身の雄牛に振り回されてはどうにもならない。


「懐いたものだね。でも、残念。君はまた囚われの鳥となって、その正気と魔力を搾取されるのだよ。搾取って分かるかい?  搾って取り上げるんだよ。そして出来上がるのは、カスカスの人の形をした出涸らし」


 黒い雄牛は歌うように軽快な調子で、アニーに飛び切りの笑顔を見せてそう言った。







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