612話 方法です
グーちゃんは色々な角度から覗き込んで、癒着した彼女の手を引いたり色々試していた。
その際、彼の容貌を目にしたであろうカトリンの息を飲む音が聞こえたけれど、ありがたい事に怖がらずにいてくれた。
「グーちゃんは獣人なのよ。この国では見かけないけれど、昔は沢山住んでたのですって」
「じゅう…じん。ああ、そうなのね。お婆ちゃんの話してくれたお伽噺に出てきたわ。すごく昔に獣の精霊が人の体に宿って、耳とかしっぽが生えたっていう話よ。本当にいるなんて知らなかった」
カトリンの声が少し弾んだ。
「この国では昔、獣人の迫害が……、ええと、獣人に悪い事をする人がいて住みにくいから今はいないのよ」
獣人を奴隷にしていたとか、解放運動は国の歴史として重要な事だけれど、今の彼女には難しいだろう。
とりあえず、かいつまんで説明をする。
それでも話の中でしか存在しない者が目の前にいるのは、彼女の好奇心を沸き立たせたようだ。
「あたしが知ってる事なんて、ほんの少しだったのね」
カトリンが、ぽつりと呟く。
それはなんというか、寂しいような諦めのような響きを持っていた。
自身の無学に気付いたのかもしれない。
彼女の床に固定されてしまった手を握りながら伝える。
「私も同じよ。世界はとても広くて知らない事だらけだわ。私もグーちゃんが初めて会った獣人なのよ。まだまだ、学ぶ事がいっぱいだわ」
「獣人じゃないでし。ぐーうだし」
素早くグーちゃんが反論した。
相変わらず、「ぐーう」に対するこだわりが強いようだ。
「そうね、ぐーう族なのだっけ?」
「うーうだし」
アニーがグーちゃんの真似をした。
それを聞いてカトリンはクスクスと笑っている。
この場で、人の体を損壊した事に気付いているのは私だけだった。
カトリンをこんな所に連れてきた上に、動けなくしたのだから自業自得ではある。
それでも哀れなこの男は、彼女と一緒に美しいモノになろうとしただけで、そこに悪意はなかったのかもしれない。
悪意がなければそれは罪ではない?
いいや他人を害したのは事実なのだから、自覚が無くても罪は罪だ。
では彼の腕を壊したのは罪であるのか。
私には判断が出来なかった。
それぞれの正義や正解があっても、それは万人の正答ではないのだ。
せめて、私だけでも同情をと思うが、それは私が私の思うまともな人間の行動をなぞっているだけの薄っぺらなもののような気がした。
本当の私は、この事を悔いているのかしら。
実は、何も感じていないのではないか?
前世の私は善人だったはずなのに、今の私はどうだろう。
善人でいたくて、そうではないのに前世の自分の真似をしている気がしてならなかった。
「くっついてるでしね」
グーちゃんが肩をすくめてそう言った。
どうやら肌が露出していて、床と接している部分は完全に癒着しているようだ。
「やはりそうよね。どうしたらいいか……」
「皮を剥ぐしかないでし」
身も蓋もないけれどグーちゃんは、確実でシンプルな方法を口にした。
私は、あっと思い、それを止めようとしたが遅かった。
気遣いをしないのがグーちゃんだ。
それを聞いたカトリンは息を飲んだが、そのまま抗議することはなかった。
泣き叫んでもいいのに、そうしなかった。
彼女も薄々気付いていたのだろう。
自分でもここを離れようと散々試したはずなのだ。
分かってはいたけれど、一番聞きたくない解決法だったろう。
「他の方法はないの?」
「水晶の素を壊すくらいだしか? 昔からここには水晶の素が住んでただし。それが、どれかグーちゃん、わかんないだしよ」
素というのが原因なのか。
それがここにあるのね。
ぐるりと見渡してみる。
水晶はそれぞれが独立しているようでいながら、すべては繋がっているようにもみえた。
無数の数えきれないモノであるのに。
どれもこれもが怪しく見える。
この水晶に埋められた広大な空間の中で、元凶をさがすのは難しそうだ。
「グーちゃん、あなたここを知っていたの?」
「水晶の素の事だしか? そいつは、ここに人を集めて大きくなったんでし。人が居なくなって水晶も眠ったんだしな。ごはんじゃないし、ぐーうには関係ないんでしよ」
元々、この鉱山には人を取り込んで増殖する水晶が「いた」のだという。
鉱山が、大規模に繁栄していた頃は、さぞかし人で賑わっていたことだろう。
この水晶の量は、その時代のものなのだろうか。
「教えてくれたら良かったのに」
「シャウ聞かなかっただしよ」
グーちゃん自身は、全くここの水晶には興味がないようだ。
「カトリン、信じられない話だけれど、ここは水晶の棲家と呼ばれる人を水晶に変える場所なの。それでずっとここにいるのは危険で……」
私は口ごもった。
皮を剥ぐしかないなんて、死刑宣告を伝えるのに等しい気まずさだ。
それを説明する役目なんてしたくはない。
だけれど覚悟は必要だろう。
納得してくれるといいのだけれど。
「ふふ……。ねえ、ロッテ婆。あたしはあの人が水晶になったのを見たのよ。あたしに何が起きてるかもわかってる。気にしないでやって」
それは諦めにも似た、それでいてどこか楽しそうな口調だった。




