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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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609話 棲家です

 そうそう、この場合今相応しい言葉は、虎穴に入らずんば虎子を得ずよね。

 虎穴というには大き過ぎる穴だけれども。


 扉を開けた私の目の前に広がるのは、大きな空洞。

 こんなものが鉱山の中にあるなんて、思ってもいなかった。

 こんなものがあったら、山が崩れて潰れてしまわないかと物騒な事を考えた。


 それは今、目の当たりにしているものを受け入れたくない逃避からだったかもしれない。


 ここは、まさに水晶の棲家であった。

 聳えたつ柱のような水晶が、剣のように鋭利な角を持つ水晶が、思い思いの方向に立ち並んでいる。

 あるものは斜めに、あるものは交差して。

 それどころかその空洞の床や壁、そして天井までびっしりと大小の水晶が埋めているのだ。


 その中には、人と変わらない大きさのものもあった。


 何故、それが分かるかと言うと、それらは光り輝いて、この空間を眩いものにしていたからだ。

 全てが光って煌めいている。


 なんて美しい。

 光の洪水に身を浸しているような感覚。

 目がくらんで、このままでいたら意識さえもこの光に飲まれて呑み込まれてしまいそうな気持ちになる。


 自分がなくなる。

 それは怖くて、とても甘美な誘い。

 これに身を投げて委ねれば、全部溶けて水晶と自分が同じものに……。


「しゃう」

 声がした。

 それは咎めるような響きの、私を呼ぶ幼い声。


 アニーの呼び掛けに、私は頭を振って正気に戻った。

 何をうっとりと見惚れているのだ。

 呆けている場合ではないというのに。


 今度はしっかりと観察するつもりで、その空間を見た。

 それはすべてを埋め尽くしていた。

 アメジストドームといって空洞の石の中に紫水晶がびっしりと形成されている物があるけれど、それに加えて大きな柱や剣状のものまで縦横無尽に生えている。


 鉱物について詳しくはないけれど、こんなにも埋めつくされていると現実の景色とは思えなくなってくる。

 現実を無視しているようなデタラメな空間に思えてくる。

 そんな疑問を抱きながら、これが全て人で出来ていたとしたら一体どれだけの人間が必要なのかを同時に考えていた。


 何年も、何十人と伯爵とグンター達はここに鉱夫を送り込んで来たのだから、残念だけれどある程度の人間が犠牲になっているのは分かっていた。

 けれど出荷もされているのだから、ここに残っている分はそんなに多くはないと思っていたのだ。


 実際はとんでもない埋蔵量だ。

 これほどの水晶の量は想定していなかった。

 そもそもこれだけあるのなら、何故水晶として新しく鉱夫を必要とするのか。

 それが、人を元にしている事を無視しても、十分な量ではないか。

 希少価値を付ける為に出荷を絞っているなら尚更だ。

 小金を持っていると、もっと欲しくなる人の性のようなもの?

 人を少しずつでも水晶に変えなければならない使命でもあるというのか。

 これはラムジーの酔狂な骸骨水晶作りの為だけではないはずだ。


「……ん」

 どこからか小さな声が聞こえた。

 気の所為ではない。


 その方向を見ると、少し先に誰かが長い髪を投げ出してうつ伏せに倒れている。

 大きな水晶を避けながら足場に気をつけて慌てて近付く。


「カトリン!」

 それは異様な光景だった。


 うつ伏せに横たわる彼女は、必死に逃げようとしたのだろう。

 髪は乱れ床を掻いたようで指の先は爪が剥がれて、床に何本も血の線を作っている。

 彼女は逃げようとしていた。

 横たわる彼女の腰にしがみついた水晶の塊から。



 彼女にしがみつく水晶。

 それは、身体のあちこちを水晶に刺されて半ば鉱石となった人のように見えた。


 細く鋭い水晶が何本も体を貫いている。

 衣服に手や足の1部、そして顔などはまだ肉と皮膚が残っていて、それ以外は水晶になっていた。

 その僅かながら残った生前の欠片のお陰で、それが人間の男である事が辛うじて判別出来た。


「一体、誰が……」

 男は水晶の柱で何者かに刺されていた。

 ここに他の人間がいるようには思えない。

 カトリンがやったのかとも思ったけれど、違った。


 そこには血の一滴も出てはいなかったのだ。

 これは刺されたのではない。

 男から生えているのだ。



 人を水晶にする。


 話には聞いていたけれど、実際に目にすると想像とはかけ離れていた。

 こんな風に、まるで水晶の苗床のようになってしまうなんて。

 何となく凍ってしまった人間を想像をしていたけれど、そんな生易しいものではなかった。


 人をそのまま凍らせたように水晶になるのならば、商魂たくましい彼らは水晶彫像としてそのまま売りに出しただろう。

 その骸骨を売ったように。

 そうでない事に気付くべきだった。


 こんなにも人の形を留めていないことになるなんて、思っていなかったのだ。

 命を踏み躙るどころか、人という生き物の形まで取り上げられるなんて、彼らが鉱夫達を道具としてしか見ていないのは知っていたけれどどうにも吐き気が収まらなかった。

 命も生き物としての形もすべて奪うなんて。

 そんな事をして、何故あそこで暮らしていけているんだろう。

 会話をし、笑い、食事をしている彼らを目の当たりにしているはずだ。


 鉱夫達は家畜で、自分達はその牧場主で、それを好きに売って何が悪いとでもいうのだろうか。







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