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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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599話 弱さです

「一時は子供で挑戦したんだが、柔らか過ぎるし時期が読めないしであれは失敗だったな。小さい骸骨なんて飾るにはいいと思わないか? それがあんなに難しいとは……」

 研究者のように難しい顔をしてそう言った。

 彼にとっては、それは新しい試みで、画期的な実験なのだったろう。

 この男は人の命を奪っている自覚もないのだ。

 ただの人殺しだというのに。


「子供が消えると外聞も悪いし、周りもうるさくて結局、中止になっちまったんだ。完成したらそりゃあ高く売れただろうに」

 頭を掻きながら、指を噛んでいる。

 それはまるで、偉大な計画が頓挫したかのような悔しがりようだ。


 一時連れてこられていたという子供達は、皆水晶になったか、その過程で死んだのだ。

 皆、子供ながらに夢を持って来たに違いない。

 中には家族に売られた子もいたかもしれないけれど、それでも衣食住に困らないこの場所は、魅力的に映っていたはずだ。

 他人の財布を肥やす為に死ぬ事になるなんて思ってもみなかったはずだ。


 彼は初対面の私に、子供が手に余ったら寄越すように言っていた。

 私がアニーを手放すような人間だと思っていたのだろうか。

 この人は何の反省も後悔もせず、人の命を食い潰している。

 そんな人間と同じに思われていたかと思うと胸が悪くなった。

 

 その時、ふいに疑問が浮かび上がった。

「伯爵夫人も……、あなたが?」

「ヒヒッ、あれは俺じゃないさ。駆け落ちしようとしてたんで、グンターが親切に5番坑道を教えたのさ。『夫人がこの先不自由しないよう、朧水晶を持って行って下さい』てね。そんな言葉信じるなんて頭が沸いてるとしか思えねえ。世間ってもんを知らなすぎだろ」

 彼らは夫人と駆け落ち相手の従者を誘導して、廃坑に閉じ込めたのだ。

「そうして自分が水晶になってりゃあ、世話ないよな?」


 平凡な慎ましやかな女が都会を知って男と金に惑わされて最後は騙されて死にました。

 なんてつまらない話。


 この領地で大人しくしていたら、きっとまだ生きていたのではないか。

 退屈な日々を送る夫人は、異国の老女が鉱山の下働きに来たと聞けば物珍しさも手伝って、足を運んで会いに来ただろう。

 そうしたら私達は、話友達くらいにはなれたかもしれない。


 そんな「もしも」を想像した。

 のんびりとして素直な彼女と一緒に、楽しい時間を過ごせたことだろう。

 私が作ったお菓子を美味しいと食べてくれたろう。

 夢で人を誘う異形になんか、無縁でいたに違いない。


 せめて人を疑うことを知っていれば、見識を深めて世の中に明るければ、不貞を働かず身を慎んでいたら、彼女の結末は違っていただろう。


 最初に見た夢。

 追い詰められて我が身の罪を悔い、恐怖し、そうして人でないものに変容した喜び。

 あれは夫人の人としての最後の記憶だったのだ。


 炎に惹かれて火に飛び込む虫のように、アニカ・シュヴァルツに誘われて贅沢と快楽に溺れてしまった女。 


 彼女は水晶になった今も、その精神は5番廃坑にいて人を呼び寄せているのだ。

 美しく煌めく水晶を増やす為に。


 それは他人を自分と同じ境遇に貶めようとする生者への妬みか、それとも心底純粋な厚意からか。

 もしくはその両方か、真意は本人にしかわからない。


「あれは馬鹿な女だった。若い従者相手に愛だなんだと盛り上がって駆け落ちしても、金が無くなったところで人買いに売られてたろうな。元伯爵夫人の娼婦ならパッとしなくても評判になりそうだ。それが2人仲良く水晶になったんだから、幸せってもんだよなあ。残された伯爵は、夫人が水晶になってると思わず、帰りを待ってるそうだがね。ヒーッ、ヒッヒッヒ」

 面白くて堪らないという風に彼は声を上げて笑った。


 伯爵邸のあの様子はそういう事だったのだ。

 伯爵が夫人を殺していないのには安堵したが、それもすぐに失せた。

 彼がこの朧水晶の仕組みを知らないわけがない。

 伯爵はここへほとんど足を運ぶ事がないのも、朧水晶が忌まわしいものだと分かっているからなのだろう。


 実質グンターとこの男が仕切っているといっても人足を募集してここへ連れてくる資金も、なにもかも伯爵家から出ているのだ。

 領地の財源であるこの場所を嫌っていても、それで罪が軽くなる訳ではない。


 彼は善良な人間などではなく、目の前の面倒事や厄介事から目を逸らしているだけの弱い人なのだ。


 そう思うと全てが腑に落ちた。

 夫人が消えてからもそのままの邸の様子。

 恩給を与える訳でもなく、引退させずに雇われた年老いた使用人。

 自分は庭に籠って、俗世の変化を受け入れない。


 人を水晶の材料にしているのにも関わらず、見ないふりをして、夫人が出て行ったのに探しもせず帰りを待つだけの男。


 まるで被害者のような様子で。

 いや、実際自分の事を巻き込まれた被害者だと思っているのかもしれない。


 富を手にした対価の大きさにおののき、そんなつもりじゃなかったとでも自分に言い訳をしていそうだ。

 責めるのは気の毒かもしれないけれど、伯爵という地位にいるのだから、その領地で起こっている事の責任は彼にあるというのに。


 それを果たさないからこそ、グンター達が好き勝手しているのだ。

 全ては伯爵が招いた事とも言える。

 それに同情出来はしなかった。






  


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