597話 抜け殻です
それは人の体から骨だけを取り出した抜け殻。
皮を切り肉を開いて広げて、骨だけを抜き取った死体。
頭の部分は、きっと額に横真っ直ぐに刃をいれたのであろう。
額と思われる場所から髪がついたままの頭皮がくるんとめくれて丸まっている。
顔は多分、こめかみから顎までをはがして裏返しにされて置かれている。
首も、体も、四肢も、その内側全てが空気にさらされ漁られ、骨が盗られていた。
ゴミ穴にあった死体。
私が「骨をとった魚の干物」のようだと思った死体の山。
あの時「骨をどこにやったのか」という私の中に生まれた問い。
その答えがここにあった。
骨は抜かれて朧水晶になっていたのだ。
気が遠くなりそうだ。
どうやって人の骨を水晶にしたのだろう。
それは魔法か古い呪いか何かのせい?
鉱夫が消えてしまうのは、このせいなの?
間違いなく呪術師なのだ。
彼はなんらかの方法で骨を水晶にして売りさばいている。
では、あの伯爵邸にあった人の大きさの水晶。
あれはなんだろう。
骨なんかじゃなかった。
朧水晶が骨ならあの大きな塊の水晶はなんなの?
あれから彫り出したなら、何故ここに骨を抜かれた死体があるの?
彫るなら骨を取る必要はない。
全く訳が分からない。
考えても混乱していて、何ひとつ分からない。
分かっているのはここに死体があって、その尊厳が踏み躙られている事だけだ。
壁や、台や、床を汚している黒いものは血なのだ。
それも昨日今日に始まったものではないだろう。
乾いて剥がれ落ちたと思われるものもある。
バケツに入っているのは、臓物や汚物。
骨を取り出すのに邪魔なものは桶に入れて恐らくいっぱいになったらゴミ穴へと捨てるのだ。
先の部屋の几帳面さとは裏腹に、こちらの「作業場」は、血に塗れ肉片が壁にへばりついたまま無頓着に汚れるままになっていた。
血を拭う為と思われる布も、汚れたまま何枚も重なり腐敗臭を漂わせている。
ここは腑分け場とでも言えばいいのか、或いは屠畜場と呼ぶのが相応しいのかもしれない。
カタンッ
音がした。
「ヒヒッ、お客でしたか……」
不意に後ろから声を掛けられる。
振り向くとそこには手にした蝋燭の灯りに照らされた細工師がいた。
ニタニタと笑いながら。
留守に無断侵入した私という不審者を訝しることもなく怒ることもなく彼は笑っていた。
「……ヒヒッ、来るなら、前もって言ってくれなくては。特にそっちの部屋は掃除が行き届いていないもんでね……」
この惨劇の現場を見られて出てくる言葉がそれで良いのだろうか。
犯罪現場を見られたならば、焦ったり激高して襲いかかってきたり、言い繕ったりするものではないのだろうか。
彼の反応は私の想像外のもので、こちらもどうでていいのかわからない。
暴力に訴えてこないだけ助かってはいるけれど。
戸惑う私をよそに、男は落ち着いた様子で部屋の灯明に火をいれて回っている。
ひとつ灯りが付く度に、部屋の中に柔らかな光が生まれる。
それがよりいっそう鮮やかに凄惨な部屋の様子を浮かび上がらせた。
「あ……、あなたは、ここで何をしているの?」
なんて間抜けな質問。
咄嗟に誤魔化すことも出来ない我が身の不甲斐なさに軽く絶望を覚えた。
「何を? ヒヒッ、細工師がするのは宝石の細工に決まってる。ほらそこ、そこにある素晴らしいモノにあんたも目を奪われたろう?」
ウットリと水晶の骨を顎で示している。
正気には見えない。
自分の仕事が素晴らしいと信じてたがわない目つきだ。
話を合わせながら気を付けていれば、この場をしのげるかしら。
しのいだとて、無事に帰れはしないだろうけど。
「え……、ええ、これはすごいものね……」
「ヒヒッ、それはここでしか扱ってないからな。髑髏は本当に好評でねえ。幾ら捌いても追っつかない。王都の好事家は金に糸目を付けないときているし伯爵様も笑いが止まらないだろうよ」
直に伯爵を知っている身としては、それは如何なものかと思ったが、この男はそう決めつけているようだ。
そして、自分の仕事が貴族達に認められているというような誇らしげな様子である。
「これはどうやって? 死体の骨を魔法で水晶にしているの? 何故、そんな事を」
口にしてみて、その荒唐無稽さに目眩がする。
私が興味を示していると思ったのか、彼の機嫌は上々だ。
「何故? まあ、最初はそこにあったから売っただけだったかな。そのうち足りなくなってね。魔法ではないけど、まあそんなようなもんだ。これはな、見極めが大事なんだよ。ヒヒッ」
「見極め?」
「育つ前だと欠片しかとれないし、十分育てば立派な大きさになるんだが、そうなるともう塊でな。量は採れるがそうなると削って彫ってと加工しなきゃならない。そっちは手間がかかるんだ」
彼は何を話しているんだろう。
何を質問していいかもわからない。
「骨が水晶になったところで収穫するのが大事なんだ。何分朧水晶は強度が低くてな。骨が折れたら売りもんになりゃしない。まあ、そうなったら丸ごと水晶にするだけなんだが」
農家の人が作物を語るかのような口調で彼は説明をしだした。




