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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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596話 文様です

 呪術師の家に残された文様、それと同じものがここにある意味とは。

 確かナハディガルは、呪術師が西部のシュヴァルツ男爵領に逃げたと言ってはいなかった?


 ここは同じ西部でもシュヴァルツ男爵領から少し離れたオイゲンゾルガー伯爵領だけれど、実質アニカ・シュヴァルツの縄張りと言っても過言ではない。

 見慣れない特殊な文様が示すのは、呪術師の関係者か本人がここに住んでいるということではないだろうか。


 頬を冷や汗が流れた。

 ナハディガルもレーヴライン侯爵も捕らえる事が出来なかった呪術師の手掛かりを、こんな所で掴むことになるなんて。


 この文様が宗教的刻印であるのか、何らかの呪いなのか、意味のある意匠であるのかはわからない。

 けれど同じものなのだとしたら、探る意味は大いにある。


 呪術師と細工師が無関係だとしても、この文様が何であるか分ければ、今後の調査に役に立つのではないか。


 呪術師を捕まえてアニカ・シュヴァルツの罪を暴いて無辜のハイデマリーにした事を償わせないと。


 私はすっかり義憤に駆られていて、侯爵令嬢の立場でないことをすっかり忘れていた。

 今、証拠を見つけたとしても、それを持て余すに違いないのに。


 しかし、例え立場をわきまえていても、きっと同じ事をしただろう。

 高慢の種に蝕まれたハイデマリーの苦悩や焦燥をなかったことには出来ないのだ。


 物証を目当てに本棚や引き出しを漁っていると、どんどんと、ここが細工師の家とは思えなくなってきた。


 目に入ってくる本の題名や書き付け。

 それらは(いにしえ)の神や、神話の生き物を説いたものであったり、或いは呪いや今は廃れた魔術のものであったりした。


 これではまるでギルベルト・アインホルンの研究室のようだ。

 その研究内容の為、長年学会から忌避され排除されてきた研究者。

 呪術師であるまいかと勘ぐられ冷笑を受けていたギルベルト。

 そんな彼の所蔵する書籍と遜色ない資料の数々。


 ごくりと唾を飲んだ。


 ここは細工師ではなく、呪術師の小屋なのだ。


 あの呪術師がここで細工師の真似事をしているとでもいうのだろうか。

 確かに彫り物は出来るようだけれど、壁や床の文様は均一ではあるが精緻でもないし芸術的でもない。

 呪術師であった者が、鉱山でお抱え細工師なんて地位にいるのはおかしな事だ。

 その忌まわしい職を隠すなら、それこそグンターの助手か何か鉱山の役職を与えればいいだけなのに。


 しばらく部屋の中を探してみたものの、証拠となりそうな書面や氏名が書かれた手紙などはどこにも見つからなかった。

 私は、仕方なく奥の部屋へと移ることにした。


 こちらの扉も鍵は無く、ドアノブを引くだけで他愛もなく開いた。

 ここが作業場なら内鍵くらい付けても良さそうなものなのに。

 押し入られても問題ないとでもいうのだろうか。


 細工師は痩せているし、腕っぷしの強いタイプには見えない。

 盗まれるものがないなら、空き巣に入られても構わないだろうけど、ここにあるのは宝石のひとつなのだ。

 それとも盗まれても気にならない?

 あの死体の投げ込まれているゴミ穴のそばで平然と暮らしている無頓着ぶりを思うと、石くれも水晶も彼にとっては同じ価値であってもおかしくはないけれど。


 奥の部屋へ足を進めた時に、私の中から他人の家に無断侵入している意識はすっかり消えていた。

 呪術師の証拠とか、そういったものも忘れて立ち竦んでしまった。


 何故ならそこには美しい朧水晶があって、私はただただ目を奪われていたから。


 壁際にそれはあった。


 滑らかな表面の細長い棒であったり、ある種の曲線を持ったものであったりと、それらは無造作に台の上に置かれて、小さな山を作って瞬いていた。


 とりわけ目を引いたのは、手のひらよりも大きめの丸い塊。

 ただの水晶の塊ではなく、そこにはふたつの大きな窪みがある。

 それは眼球が収まる場所で鼻に当たる場所には穴が空いている。

 きちんと上顎骨と下顎骨に分かれていて、そこには歯が並んでいた。


 それは透き通ってよく磨かれた人の頭蓋骨であり、同時に美しく怪しい芸術品であるのだった。

 積まれた棒と思われたのは、全て何らかの人体を構成する骨を模しているのだ。


 人ひとり分の水晶で出来た人体骨格。


 それが机の上に無造作に積み上げられて、うっすらと輝いている。


 なんて綺麗なのだろう。

 これを美しいと思うのは罪咎であろうか。

 美しさに酔う事のどこに悪があるというのか。


 ああ、確かにこの作業場の主は細工師なのだと確信した。

 でなければ、こんな精巧な骨など彫り出すことは出来るまい。

 その出来栄えに、心さえ一瞬奪われたものだ。


 しかし、無視できないものが、現実へと私を引き戻した。


 そこに立ち込める鼻を突く腐敗臭。

 蠅が不快な羽音を立てて飛び交って、耳障りな不協和音を演奏している。

 聴覚と臭覚が、私を正気に戻してくれた。



 部屋全体を見る為に、私は灯りを高く掲げて照らす。


 美麗と醜悪が混在していた。


 足元には汚物の入ったバケツが並んでいる。

 部屋の中央には黒く汚れた手術台のような大男ひとりが横になっても十分な長さの台が据え付けてあった。


 そして台の上には、抜け殻が置かれていた。








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