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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人
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595話 留守です

 手元の灯りを頼りに、勝手知ったる道を行く。

 前に使っていた小屋はすっかり空っぽで、人が住まなくなったせいか短い間にすっかり廃墟の仲間入りをしていた。


 その前を通り、ひとまず鍛治小屋に夕食を置いてから細工師の小屋へと向かう。

 この辺りは木々が鬱蒼としているし、あるのは鍛治小屋と細工師の小屋だけなので人気が全くない。

 鉱山の高い塀がこの広大な敷地を守っているとはいえ、崩れた場所や穴などから自然と動物も入ってくる。

 人を襲うような獣などはいないといっても、油断はしないようジーモンから念を押されている。

 途中誰かに見られているような視線を感じたり、鳥の羽ばたきが聞こえたりしたけれど、暗闇に敏感になっているせいだろう。

 この暗い道には慣れたものの、人は闇を恐れる生き物だもの。


「こんばんはー!」

 細工師は珍しく留守にしているようで、扉を叩いても返事がなかった。

 考えあぐねて籠を入口に置いて戻ろうとした時、そこでようやく思い出した。

 今夜は珍しく事務所の方でグンターと細工師が一緒に食事をすると言って、スヴェンが夕食を運んだ事を。

 忙しくてすっかり忘れていた。


 無駄にしてしまったと思ったけれど、鍛治小屋に持って帰ってみんなで分けて食べればいいか。

 食堂に持ち帰るのも面倒だし、食べきれてしまうだろう。

 そう判断して扉の前に置いた籠を持ち上げた時、緩んでいたのか戸が開いた。


 きぃっと、音を立ててほんの少し扉は部屋の中を見せた。

 どうやら扉には鍵をかけていなかったようだ。


 なんて不用心だこと。

 金目のもの目当てに泥棒が入ったら、どうする気かしら。

 貴金属を扱ったりもするのだろうし、いくら人が来ないからといってこのままにしておくのも気が休まらない。

 それこそ小動物が入り込みかねないもの。


 私は扉をおさえる為の手頃な石か何かがないか見回した。

 少し離れたところに良さげな木片がある。

 それを取りに戸から離れようとした時、風の加減か大きく扉が開いた。

 人の家の中を無断で覗くなんてするつもりはなかったけれど、これは不可抗力というものだ。


 灯りが落としてある暗い部屋が目に入る。

 手前の部屋と奥の続き部屋を仕切る扉の隙間からほんのりと神秘的な光が瞬いていた。


 細工師と名乗っているのだから、ここで朧水晶の加工をしているのよね。

 原石や加工した石があるのだろう。

 あの光はきっとそれのもの。


 好奇心がなかったとは言わない。

 ただ、何となくあの伯爵邸の夜を思い出したのだ。

 枯れた花を取りに行ったあの夜。

 伯爵の書斎と思しき場所に据えられていた大きな水晶。

 人を魅力する美しい石。


 それを思い出して、気付くと誘われるように部屋に足を踏み入れていた。

 鉄の臭いとなんともいえない腐敗臭が鼻をつく。

 それはあのゴミ穴で嗅いだものだ。

 外よりも室内のが臭いが強いなんて、窓が開いているのだろうか。


 よく考えると、ここはあそこに捨てられた死体から一番近い建物なのだ。

 こんなところで平然と暮らせるのは、どういう人間なのだろう。

 無頓着で匂いを気にしない人?

 死体は死体と割り切って生活出来る人?

 それとも正気を失くして死体に対して何も感じなくなってしまった人かしら。


 細工師の小屋は鍛治小屋と違って、奥の続きの部屋に作業場があるようだった。

 水晶はそちらにあるのかしら。

 ここにはひとつも見当たらない。

 漏れている光がその存在を主張していた。


 灯りを掲げて見渡すと、最初の部屋は椅子と机と寝台が置かれていて壁には作り付けの書棚があり、几帳面に大量の本が置かれていた。


 これが職人の部屋?

 味気なく整然としていて、一点の美術品も細工物も置かれてはいない。


 どちらかというと、研究者の部屋のようだ。

 読みかけの本も寝台の横にきっちりと揃えられ、机の上には書き付けの紙と墨が置かれていた。


 あまりの殺風景に、何かないかと手元の灯りを動かすと、その揺らいだ光が壁や床に奇妙な影を作っているのに気がついた。


 近付いてそれをよく見れば、壁や床、柱などに一様に燃える目が中心に描かれた星のようなものが彫られていた。

 その狂気じみた様に、私は一歩後ずさった。


 まるでそういう柄の壁紙であるかのように、それは均一の大きさで均等に存在していた。


 細工師が手慰みに彫ったもの?

 それにしては執拗で、細工物にありがちな華やかさもなく、それはまるでまじないのようだった。


 この目の前にしているものに、私は何か既視感を感じた。


『その文様は星の形に燃える眼が描かれているもので』


 ナハディガルの声が頭に蘇る。

 あれはウェルナー男爵領で、高慢の種の出処を追っていた詩人から受けた報告だ。

 犯人であろう呪術師は既に姿を隠して、そこにはその後に住み込んだ老婆しかいなかったと言っていた。

 そして、その残された家には、不思議な彫り物がされていたという。


 その彫り物というのは、まさに目の前にあるこれのことではないだろうか?





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