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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人
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594話 評判です

 グーちゃんの告白に衝撃を覚えつつも受け入れた頃、私の生活に変化が出てきた。

 私の生活というか、鉱山全体と言った方がいいだろうか。

 妙に客が増えてきたのだ。

 正確にいうと「鉱山の食堂の客」だ。


 今までも部外者が食堂で食事をしていく事があったけれど、それは仕事として鉱山へ出入りする人達であった。

 それが今、訪れているのは荷馬車ではなく、きちんとした訪問用の馬車で食事をしに来る客人なのだ。

 鉱夫の事故死で沈んでいた雰囲気もどこへやら、やにわに鉱山は騒がしくなっていた。


 客というのは、ハインミュラー商会の縁者であったりその関係の料理人であったり、商会長から私の料理の事を聞いた人間だ。

 スヴェンが言うにはオイゲンゾルガー伯爵はいい顔をしていないようだが、鉱山支配人であるグンターが「客」を積極的に迎え入れているという。


 確かに鉱山の中の采配はグンターの仕事であるし、ハインミュラー商会長への顔を立てる形になるので、伯爵も無理に反対が出来ないようであった。

 客を融通するにあたって、どうやらグンターは個人的に金銭を受け取り小遣い稼ぎをしているようで、それを断るなんて彼には考えられない話であるようだ。


 ただ、客人と鉱夫達を同じ場所で食事させる訳にはいかないので、客の食事が終わるまで鉱夫達はおあずけを食らうことになってしまったので当然、鉱夫達からは不満が出る。


 その改善の為に客用の席を用意する為に近場の廃墟に手を入れることになり、その工員達も増えて余計に騒がしくなっていた。


 鉱山の粗野な食堂自体は意外な事に、客受けは悪くなかった。

 馬車に揺られて山中へ運ばれて、鉱山という非日常的な場所に連れられてくるのも彼らにとっては物珍しい新鮮な経験のようなのだ。

 酒や煙草の臭いが染み付いた壁も、樽に板を渡しただけのテーブルも、彼らにとっては馴染みのないもので、舞台装置のひとつみたいなものなのである。

 そう捉えてしまえば、楽しいものらしかった。


 商会長の伝手で来る人間なので、どの客もある程度の社会的地位がある者ばかりだ。

 当然、場末の食堂など使ったこともない人ばかりなので、この鉱山の食堂は彼らにとってちょうど良いアトラクションのようなものだ。

 肝試し的刺激にも近いものがあったようで、少々眉を顰める事があっても概ね好意的に受け入れられていた。


「いやあ、街でもすっかり評判でさ」

 いつもの荷馬車の馭者が、その早耳で捉えた噂を話してくれる。

 客が来るようになって、荷馬車の行き来も増えていた。

 何せ商会長の手前、下手な物を出せないので、今までよりも品質のいい新鮮な食材が頻繁に届くようになったのだ。


 それにより夕食もグレードアップしたので、結果的に鉱夫達の食事がより良くなった事もあり、彼らの不満も収まっていた。

「前は鉱山に出入りしてるって分かるとそりゃあ気の毒がられたり嫌がられたりしたもんだが、今じゃあヨダレを垂らして羨ましがられるってもんだ」

 馭者は機嫌よく飲み食いし、口が更によく回る。

「鉱山で夢のような料理が出るってんで、ちょっとでもその話を聞きたいって俺なんざ引っ張りだこなんでさあ」

 なんでも1杯奢るから話を聞かせてくれと街の人気者になっているらしい。

「それは大袈裟と言うものですわ」

 それの礼も兼ねてか、かなり誇張して触れ回っているようだ。

「いやいや、他じゃあこんな料理ありつけねえって。鉱山には料理上手な貴婦人がいて、毎日が宴会だってな」

 馭者がかかっと笑った。


 さすが西部一の商会の商会長の影響力だ。

 まさか鉱山の食堂が賑わうなんて、誰も思ってもみなかった事だ。


 食通に対して「情報を食べている」なんて表現があるけれど、ここにくる客もまさに「商会長がうまいと言った料理」という情報を食べているのではないかと思う時がある。

 私の料理が評価される事は嬉しいけれど、どうしても「商会長のお墨付き」が頭の片隅でチラチラするのだ。

 もし、手を抜いて出したとしてもきっと客は「うまかった」と言うんじゃないだろうか。


 ロルフなんかはかえって気を良くして「あの食堂の料理人」という肩書きで独立した後やっていこうかと脳天気な事を言っている。

 いっそ彼のように割り切ってしまう方が良いのだろう。

 ロルフは生きるのが上手なのだと羨ましくなった。


 さて、この変化のせいで私も落ち着かない日々を過ごしていた。

 客が押しかける為、前よりも早めに料理の仕込みをしたり慌ただしくなったのだ。

 給仕も担当するように言われているし、前のようにのんびりとしてはいられなかった。

 まあ、その分給与は増えたし元々そんなに仕事量は多くなかったので文句は言えまい。


 そんな訳であまりアニーとも過ごせていないけれど、グーちゃんとジーモンの2人が彼女を見てくれているので助かっていた。


 忙しさのせいで、私はすっかり警戒心が緩んでいた。

 逃亡計画は勿論忘れていなかったし、いつでも抜け出せるよう私とアニーの荷物はまとめてある。

 ジーモンとグーちゃんには万が一の時の事を頼んでいたし抜かりはなかったのだ。


 しかし、自分の料理目当てに人が来るこの状況に浮き足立ってもいたのだろう。

 それはいつもと同じように、夕食の壺を配達する時に起こった。






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