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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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593話 片隅です

「ぐーうの村だと、ぐーうになるのはお年寄りだったはずだし。ゆっくりゆっくりなるから人が死ぬ頃になるはずだし」

 歳を取ると変わるということかしら?

 それにしてはグーちゃんは子供っぽく感じるのだけれど。

 長年生きた猫の尻尾が増えて猫又妖怪になるみたいな解釈でいいのかしらね。

 とりあえず明日明後日にぐーうに変身する訳ではなさそうだ。

 それにぐーうにならない可能性もあるのだもの。

 人が死ぬ頃に変わるってことは40年とか50年先になってみないとわからないってことよね。


 今現在、私自身は特に変化はないようなんだけれど、それは私が気付いていないだけなのか『因子』が無いということなのか。

 ぐーうになるという事も、グーちゃんが言っているだけだし信憑性に欠けている。

 かと言って彼本人は信じ切っているようだし、それを否定するのは信仰を否定するようなものかもしれない。

 その真偽を判断する術は時間しかないけれど、結局はなるようにしかならないではないか。


 最初に出会った頃はふいにいなくなったり、動物的な行動が多かったのを覚えている。

 見掛けも人と違うのだから、行動も違って仕方がないと思っていた。


 でも、一緒に暮らすうちに、同じように食事をして生活をするうちに、どんどんと私達を思いやってくれるようになっていって、ようやくそれまでの行動がずっとひとりでいたせいだと気付く事が出来た。


 彼は私達と暮らして、生まれ直したように変わっていったのだ。

 それがとてもうれしかった。

 彼のせいで種族がもし変わってしまったとしてもそれまでということだ。

 人は影響し合って生きていくものなのだから。


「よくわかったわ。教えてくれてありがとう」

 私は手をとって感謝をした。

「シャウ、シャウはどうするだし?」

 オロオロとしているのは、私が離れてしまうのが仕方ないと思っているのかしら。

 そこまで薄情なつもりはないけれど、ぐーうになってしまうと聞かされたら拒絶する人間もいるだろうしわからないわけでもないわ。


「私も一緒にいたいわ。これでお別れなんてさみしいもの」

 もし離れてしまうとしても、それがこんな理由であってほしくない。

 離れてしまうのに納得いく理由がない限りこの生活を続けたい。


 私の返事を聞くとグーちゃんは安堵したかのようにしゃがみこんで肩を震わせた。

 私はその肩に手をそっと置いた。


「そうね、ぐーうになったらどうしようかしらとは思うけれど、だからといって今、離れてしまうのは違うような気がするわ。まあ、なったらなった時よね」

 日本にいたおばさんが異世界で令嬢になって、今は老女になっているんだもの。

 そこから、次にぐーうになるのも悪くはないかも。


「ねえ、ぐーうになったら、いいことあるかしら?」

 私の言葉に、やっと安心したのかグーちゃんが笑った。

「すごく長生きになるだしよ。力も強くなるでし」

「それはいいことね」

 うん、悪くないんじゃないかしら。


 木漏れ日が心地よい。

 木々のさざめきで場が満たされる。

 そんな気持ちのいい日、目に涙を浮かべつつふたりで笑い合った。




 長い長い歳月をひとりで無為に過ごしていた少年に降って湧いたような奇跡が起こった事など、誰も知ってはいなかった。


 異形の身になった者と言葉を交わす。

 あまつさえ家に招き、一緒に暮らすなど到底望んでも得られない幸運。


 それを理解していたからこそ、この異形は自身が彼らにもたらす影響を黙ってはいられなかったのだ。


 それは彼なりの真摯で誠実な行動であった。

 そしてまた、それを理由に離反されても仕方がないというのに受け入れられた。

 それもまた、幸運な事であった。


 本人らがどれだけ深刻に受け止めたか、それとも些事として聞き流したのか、それは異形にとってはどうでもいいことであった。

 目の前にある事実が全てなのだから。


 清潔なシーツが用意されて、テーブルには自分の分の食器が並ぶ。

 笑いながら食事をして、時には悪戯をして叱られたり。

 いつも一緒にいる人が、こちらを見ていてくれている安心感。

 それはじんわりと、ゆっくり彼を温めていった。


 冷ややかで凍えそうな両親との思い出は、既に穴が開きボロボロに擦り切れたものであったが、ずっと彼の心の澱としてつきまとっていた。

 どんな記憶でも自分の人であったころの大事なものだからと、零れ落ちていく思い出を必死にかき寄せて抱きしめていた。

 彼にはそれしかなかったから。

 だけれど、いつの間にか、それらを手放していた。

 思い出を忘れないように自らを掻き抱くようにこわばったその腕は、向けられる好意を受け取る為に今では大きく開かれていた。


 世話をやいてくれる老女が寒かった心を拭いさり、妹のような少女が温かい光を灯してくれた。

 そうしてまた捧げられた山男の自分への信仰が、心を強くしてくれた。


 それは世界の片隅で、小さな異形に起きた奇跡。

 世界の端で、誰にも知られずに起きていた幸運であった。





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