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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人
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592話 ぐーうです

 本当に珍しい。

 いつもアニーといるという事もあるけれど、こうやって2人で話をするなんて初めての事ではないだろうか。

 訝しむ私をよそに歩いていく。

 鬱蒼とした藪を抜けて道から充分に距離をとってから、やっとグーちゃんは足を止めてこちらを向いた。


「話があるんだし」

 その伏せられた目に、まるで悪い事をして叱られた犬のような印象を覚える。

 グーちゃんがこんな風になる原因なんて何かあったかしら?

 親の目を盗んでつまみ食いしてしまった子供みたいな感じだ。


「一体どうしたっていうの? 何かあったの?」

 彼の目を覗き込むように話しかけてみるが、うつむいたままである。

「……」

 話があると言った割に話出さないので水を向けてみても、なにやら言いよどんでいる。


「……、……、シャウは、ぐーうの事、どれだけ知ってるだしか?」

 話したいことってぐーうの事なの?


「どれだけって、グーちゃんが教えてくれた事しか知らないわ。人がぐーうの食べ物をくれて鉱山が賑わっていた頃、ぐーうもいっぱいいて、ここに人がいなくなったらぐーうもそれを追っていなくなったのよね?」


 あなたを置いて。


 その言葉は続けなかった。

 あの洞窟でそれを教えてくれた時、自分がぐーうである事以外、自身の名前さえ忘れてしまった悲しげな彼を覚えていたから。



「そうだし。人はぐーうのごはんだし。人とぐーうは、なじみなんだし」

「馴染み?」


 グーちゃんは目を伏せたまま、両手を腹の前でぎゅっと握り込んだ。

 その拳は震えている。

 そしてゆっくりと何かを覚悟したかのように口をひらいた。


「しゃう、よく聞くんだし。ぐーうになるにはふたつ」


「ひとつ、ぐーうの仲間とすごすこと。なる人とならない人いる」


「ゆっくりゆっくり、人からぐーうになる」


「ふたつ、ぐーうのだいじな本にふれる。きょうてんを手にする。人はすぐにぐーうになる」


 それはゆっくりと、時間をかけて彼の口から絞り出された。

 彼の覚悟の告白のようだった。


「それは……、あなたと暮らしていると、私達も『ぐーう』になってしまうということ?」


 そんな事があるというのだろうか。

「朱に交われば赤くなる」とはいうけれど、生き物として種族を変えてしまうなんてことがありえるというの?


「なるかもだし、ならないかもだし。人とぐーうは昔に一緒にいたんでし。昔のぐーうの『因子』をもってる人は、ぐーうになりやすいんでし」


「ぐーうの『因子』?」

「ぐーうの血が入ってる人がそうだし」

「混血ということ? 祖先にぐーうがいると、今は人であっても、一緒に暮らすとぐーうになってしまうとグーちゃんはいいたいのかしら?」

 グーちゃんはこくりと頷いた。

「ぐーうの血がどれだけ薄くなっても、遠く遠くなっても、ぐーうと暮らす事でその『因子』が起きるんだし」

 私の戸惑いをよそに、グーちゃんが続けて言った。


「アニーとジーモンには言っただし」

 2人は納得したのだろうか。

 ジーモンはともかく、アニーにはこんなこと理解できないわよね。

 理解出来ないにしろ、離れようとはしないだろうことは予想できる。


 そもそも「ぐーう」になってしまうというのも、今グーちゃんが言っているだけなのだ。

 もしかして、それは単なる思い込みや言い伝えで、事実ではないかもしれない。

 その真偽は誰にもわからない。


「何故それを今言うの?」

「思い出したんだし。だから黙ってるのはよくないと思ったんでし」

「思い出したって……」


 そういえば、グーちゃんはいつからこんなに流暢に話せるようになったんだろう。

 最初はカタコトで、簡単なことしか伝えれなかったのではなかった?

 鉱山で人の会話を学習したからだと思っていたけれど、本当にそれだけなのかしら。


 今では「因子」なんて、普段使わない単語まで話せるようになっている。

 上手く握れなかったスプーンも持てるし、器用にいろいろなことをこなすようになっている。

 どうやって、短期間でこんなに成長したのだろう。


「人と一緒になって頭がはっきりしてきたんだし。いろいろわかるようになってきたんでし。言わなきゃいけないと思ったんだし」

 私の心を読んだかのように付け加えた。


「そ、そうなの……。それで、グーちゃんはどうしたいの?」

「……。一緒にいたいんでし」

 その手は震えていた。

 狩りに向いた鋭い鉤爪を持つその強い手を震わせていた。


「その、ぐーうになってしまうとどうなるの?」

「ぐーうのご飯が食べたくなるでし」

 うん? 残飯ということかしら?

「ええと、その『因子』がある人がぐーうになる時? なりかかった時はどうやってわかるの?」

 グーちゃんはハッと顔を上げて、ようやく視線を交わしてくれた。


「グーちゃん、わかんないんだし……」

 困惑したようにそう呟いた。

「えっ」

 深刻そうなのでてっきりいろんな症状が出たり、生活に支障が出るのかと思ったけれど、まさかわからないとは。

 一気に気が抜けてしまった。

 グーちゃん自身が分からないのだから、これ以上話にならない。

 緊張がほどけて、やっと深く息を吸う事が出来た。









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