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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人
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588話 薄情です

 2人の鉱夫の捜索は直ぐに打ち切られる事になった。

 鉱山支配人のグンターの話によると、なんでも逃亡しようとして入り組んだ廃坑道に迷い込み、そのまま仲間割れをして絶命していたのが発見されたのだという。


 私はその話をなんとも言えない気持ちで聞いていた。

 どこまでが真実なのだろう。

 本当に2人は逃げたのだろうか?


 2人とも死んでいたのでは、何も確認出来ないではないか。

 そもそも迷子になるような所まで、誰が探しに行ったのだろう。

 もしかしてあのゴミ穴に行ったら、新しい死体が増えているのではないか。

 目の裏に、ゴミ穴に横たわる死体が浮かんだ。


 いっその事、皆の前でゴミ穴の事を暴いてみる?

 そんなことをしても、回収した死体を「処分」しただけだと言われたらそれまでだ。

 墓がない事に憤る鉱夫もいるだろうが、あの気弱なスヴェンですら「処分」をそういうものだと受け入れていたのだもの。

 きっと何も変わらないのだ。


 監視社会と言われる日本なら、ここまで隠蔽されることはなかったはずなのに。

 例え人目のつかない鉱山の出来事だとしても、ネットを介して事件は拡散され追求されて明るみに出ることだろう。

 そうではないこの世界では、容易に犯罪が隠されてしまう。

 どれだけの犯罪が隠蔽され、見逃されていることだろう。

 こういう世界だからこそ、地母神教が因果応報を掲げて犯罪抑止としているのかもしれない。


 こうして口を噤んでいる自分が少し嫌になる。

 あきらかな犯罪が行われているのに、私は黙っているのだ。

 犯罪だと決めつけてしまっているけど、その証拠もなにもない。

 私の変な思い込みなだけかもしれない。


 それでもグンター達がジーモンにした事は犯罪であるし、消える鉱夫達の事もなんらかの関係があるような事を言っていた。

 伯爵も黙認している何か。


 偽善だ。

 こうやって怪しんでいても私は行動を起こす訳でもなく、言い訳をして黙っている。


 そして、恐ろしい事に、さしてその事を気にしていない。

 彼らの行為に嫌な思いはしているけれど、それも食事の支度や道端の花を見掛ければ、そちらに気を取られる程度の事なのだ。


 私はこんな人間だっただろうか?

 道徳を学びそれに従って悪い事は悪いと区別して生きていたはずなのに。

 私はいつからこんなに薄情になったのだろう。


 いや、この感情こそが薄情ではなく、この世界に馴染んだということなのかもしれない。

 善も悪も道徳も悖徳も違う世界なのだから。


 けれど、前世の自分が懐かしくなる。

 悪い事は悪いと断じて、TVの前で批判していた呑気な自分。

 安全な場所で、簡単に正論と正義を振りかざす事が出来た昔。

 あれこそが平和というものだったのだ。


 昔の記憶の中の私が、今の私を責め立てている気分になる事が増えた。

 昔の私が掲げる正義は、この世界にはそぐわないのに、それを私自身が諦めることが出来ないのだ。

 綺麗事というだけあって、その正義の見せかけは綺麗なものだから手放すのが惜しいのだ。



「ロッテ婆!」

 食堂の横の井戸で洗い物をしていると、するりと右腕にカトリンが抱きついてきた。

 夜の女性が好む甘やかな香りが鼻腔をつく。


「あらあら、濡れてしまうわよ」

「ふふっ。だってくっつきたかったんだもん」

 そうやって外見とは反対に子供のように屈託なく笑う彼女は、時間が出来るとこまめに顔を出してくれる。


 その大概が私に甘える為であり、まるで子供の頃をやり直しに来ているようだ。

 これだけ親のように慕われれば情も沸いてくるというものだ。

 同情ではないけれど、今だけでも彼女の望む様に甘やかしてあげたいと思っている。


 明るく屈託のないカトリンと控えめで無邪気なアニーは、私にとって庇護すべき存在になっている。

 アニーも心配だけれど、このカトリンの将来も不安である。

 娼婦として身を立てている彼女を庇護だなんていうのは、可笑しいかもしれない。

 だけれど、一見大人にみえるけれど娼館でずっと暮らしている彼女は私以上に世間知らずなのだ。


 客を相手にする時は、ボロが出ないように商館の主からあまり口を開かないように言われているらしい。

 客から分からない質問をされた時は、含み笑いでごまかすようにとか、少しでも上等な女性に見えるよう娼婦としての教育はされてはいるようだ。

 だけれど、実際のところ本当の中身は子供のままなのだ。


 このままでは借金を返して身綺麗になったとしても、すぐに女衒か客に騙されてまた娼館勤めになりはしないだろうか。

 かといって今の私に彼女の置かれた境遇を変える力はない。

 歯痒いまま甘えてくる彼女に文字や知識を教えるくらいしか出来ないのだ。

 まあ、その知識も世間知らずな私のものなので微妙なものかもしれないけれど。

 それでも何もしないよりはマシというものだ。









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