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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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587話 福音です

 彼の人生で、弱者が助けを求めても手をとめなかった。

 命が削られるのが、こんなにも辛いとは知らなかった。


 知らなかったんだ!


 誰ともなく言い訳をした。


 自分には助けを求める声さえ許されていない事に不平を感じた。

 苛立ちもどかしく、これ以上命が零れないように男は身を縮めた。



 地面が冷たい。

 無性に凍えるような孤独が男に襲いかかっていた。

 目の前にいる2人は、お互いを思いあって視線を、言葉を交わしているというのに、こちらを少しも気にする素振りさえみせない。


 男の存在など、毛ほども気にされていなかった。

 今、失われつつある彼の命よりも、噴き出た血が地面を汚す事の方がまだ大事だとでもいうような様子だ。


 虫ほどにも、落ちている石ほどにも価値がないとでも宣告されたも同然で、それは虚しさと失意をもたらした。


 そうして特に注意も払われず、男の命は流れて空っぽになった。



 大人の男の死体が2つ出来上がった。


 体を預けたまま、少女はソレの胸に頭を埋めた。

 ようやく起きた事を実感したのかもしれない。


「大丈夫だし。よくやっただし」

「うー」

「アニーは何も悪くないだしよ。アレを外したのは悪い奴らでし。あいつらは自分でやったんだし」

「あう」

「大丈夫だし。もう誰もアニーをいじめないだしよ」


 ソレは襲撃を察して、少女に抵抗しないよう言い含めていた。

 花を蝕む毒があるなら、それを害虫によって取り除く事を画策したのだ。

 ソレにとっては花はとても大事なものであるのだから。


 人の命を捧げなければ外せなかった少女の檻。


 神を欺き彼女をまがいものの身代わりに仕立てる為のひとつの石。

 彼女の全てを、命を、正気を、魔力をまがいものへ譲り渡す為のひとつの石。


 そうしてふたつの石の力は、別のふたつの命を以て相殺された。


「大丈夫だし」

「大丈夫だしよ」


 何度も何度も少女へ慰めの言葉を重ねた後に、ソレは呟いた。


「アニーは自由だし」



 そうして暫く沈黙が訪れた。

 そのまま子供の頭を撫でているソレは、突然ぐりんっと首を動かすと暗闇に目を向ける。

 同時に、少女を抱き上げてボロ布で隠した。


 その赤い目線の先には、斧を持った猟師が立っている。


 子供を庇う異形と地面に横たわる2人の男を、猟師は暗闇に慣れた目で見比べていた。

 子供の様子をみれば男達に襲われて、この何者かに助けられたのは一目瞭然だ。


 赤い目の鉤爪の何者か。

 猟師はそれをよく知っていた。

 この鉱山で暮らす者の心の拠り所。

 鉱山妖精だ。

 彼は親に聞かされたそのままの姿に、感動さえしていた。


 鉱夫達が供えた食べ残しのパイの端が消えるのも、ゴミ穴に捨てられた死体にいつの間にかある齧り痕も、みんな鉱山妖精の仕業なのだ。


 山肌を叩いて崩落を教えてくれたり、入り組んだ坑道で迷子になった時に導いてくれる存在。

 この鉱山に住まう本当の主。


 それが今、目の前にいた。

 それも、子供を守り悪漢を倒した状況で。


 悪い事をすれば鉱山妖精に連れて行かれて罰を受ける。

 ソレは、その通り悪を退治たのだ。



お゛お゛ぇいあがあ゛(妖精様)

 舌の無い口を大きく開けて、猟師は呼び掛けた。

 呼び掛けずにはいられなかった。


 不条理な暴力の日々。

 為す術なく切り取られた自分の舌。

 何度も何度も心の中で、神に、鉱山妖精に、助けを求めて報われなかった祈り。

 届かなかった悲しい願い。

 だけれどこの実直な猟師は、それを恨みに思わなかった。


 その存在を信じてはいたけれど、ソレが目の前に現れて問題を解決してくれるとは到底思っていなかった。

 自分が酷い目にあっているのは、鉱山支配人に気に入られなかった自分のせい、口下手で、立ち回りのまずい己のせいだと思ってしまっていたのだから。

 どこかで自分の責任なのだから、祈りが届かなくても仕方がないと思っていた。


 だからこそ、今目の前で純粋で無垢な子供を守る姿を見た時に合点がいった。

 この子供は芯からその存在を信じて迷いなく、曇りなく助けを求めたのだろう。

 だからこそ、その祈りが届いたのだと。

 彼は彼自身の信仰と信心により、自分が救われなかった事に正当な理由を見つけたのだ。


「ジーモンだしね」

 妙に訛った言葉でソレは言った。

「アニーの様子を見に来ただしか?」

 その問にこくこくと頷く。


 猟師は、自分の名を呼ばれた事で胸がいっぱいであった。


 自分を見ていたのだ。

 自分を知っていたのだ。

 見守られていたのだと。


 ひとりではなかった、見放されていなかった。

 それは身内を失ってひとりきりである彼にとっての福音であった。


「あ、あ゛ぁ」

 もどがしげに声を出して、涙を流した。

 ソレはそのまま彼が落ち着くまでそこにいてくれていた。


 猟師は、ひとしきり泣いた後、冷静さを取り戻して現状の把握をした。

 倒れている男達を指差して、自分に任せるように自身の胸をトントンと叩いてみせる。

 自分が始末をつけるのだと、何とかソレの力になろうと必死だった。

 最初は伝わらなかったけれど、何とか最後にはジェスチャーで伝える事が出来た。


 そうして、外れた小屋の扉を視線を向けてから、猟師は手招きした。

 ソレは少女を抱き上げたまま、ひょいっと彼の元へ近寄る。

 猟師は誇らしい気持ちいっぱいに、子供とソレを暖かい自宅へと招き入れた。








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