579話 話題です
グーちゃんにとって興味が無い話なのか、会話がそこで途切れてしまった。
慣れてきたけれど、空気を読まないグーちゃんはこういう所がある。
好きとか嫌いではなくて、単に話したい内容ではないだけなのだ。
それにしても押し入った割には、追ってこないのは変じゃないかしら。
小屋の中も物色された感じではなかったし、何が目的だったのだろう。
「そもそも何故、ここに逃げてきたの?」
すぐさま逃げたのはいい判断だけれど、鉱山の住人に助けを求めるなんて、今まで人目を徹底的に避けてきたグーちゃんがとる選択には思えなかった。
アニーがいたから無茶出来ないのはわかるのだけれど、そこまで気が回るかといえば怪しいところなのだ。
「ジーモンは、ぐーうに捧げ物をする良い奴でし」
ちょっと得意気に胸を逸らしてそう言った。
誇らしげな感じまでする。
言われてみれば、グーちゃんにとってジーモンはそういう評価だったのを思い出した。
ジーモンの一家は長年鉱山に住んでいるからか、鉱山妖精への信仰が篤いようだ。
グーちゃんに対する態度をみても、それが伝わってくる。
今もジーモンはグーちゃんの言葉を受けて、拝むように頭を垂れて手を合わせていた。
ここは鉱山であり、ジーモンにとっての世界の全てだ。
グーちゃんは鉱山とここに住む者を守り、裁く神様に等しいのかもしれない。
呪いと共に信じられている存在が目の前にいるのだから、彼にとっては神が降臨したようなものだろう。
有り得ないことだけれど、私だってもし黒山羊様が助けを求めてきたら理由も聞かずに匿ってしまうもの。
実際にグーちゃんが鉱山妖精なのかは別にして、ここで捧げ物を食べてたのはグーちゃん達「ぐーう」なのだから間違いではないのだ。
人とは違う外見に、初対面ではさぞかし驚いただろうけれど人里離れたところで暮らしてきたジーモンなら、すぐに受け入れたのも理解出来る。
そう考えると、鍛治小屋でグーちゃんを匿うのはおかしな事ではない気がしてきた。
片言のグーちゃんと話せないジーモンからの筆記と身振り手振りから伝わった事情は、概ね同じような感じである。
しかも親切なことに小屋の様子を見に行ったジーモンは、戸が直るまでこちらで生活するように勧めてきた。
元々は家族で住んでいただけあって部屋数も十分あるようだし、願ってもない申し出である。
住居の問題は解決したとして、押し入ったというのは例の新人の鉱夫2人で間違いないだろう。
鉱山を去るついでに小屋を襲って、幾ばくかの金品を手に入れようとでも思ったのかしら。
元貴族と知られているのだから、何かしら金品を持ってると思われるのは仕方がない。
実際にはドライフルーツとナッツの携帯食品があの小屋で一番価値があるものだと知ったら悔しがるだろう。
だけれど、やはり荷物を荒らした痕跡はなかったのは不思議だ。
アニー達に逃げられたことで、追っ手がかかるのを見越してそのまま家探しする時間もなく逃走したと言う事かしら?
それともグーちゃんの外見に恐れをなして前後不覚に陥って逃げたとか。
そうね、グーちゃんは人とは違う外見だし、夜だったら瞳が赤く光っていたはずだ。
子供がひとりで留守番する粗末な小屋に入ってみたら、赤い目の何者か飛び出して逃げて行ったなんて想像しようもないことだ。
鉱夫達は呪いの噂だけでもあれだけ怯えていたし、さぞかし驚いたはずではないか。
そう思えば、逃げ出す程怖かったのはありそうな話である。
これはテオに報告すべきかしら。
鉱夫のしでかしたことは、人足頭が把握しておくべきだけれど、グーちゃんの事もあるし被害が壊れた戸だけなら黙っている方がいい気がしてきた。
捜索の協力をしていないだけで、妨害してる訳ではないもの。
申し訳ないけれど、変な詮索をされて暮らしづらくなるより隠しておく方がよさそうだ。
アニーはすっかりジーモンに懐いているようで、彼が席に座り直すと、すぐさまその膝に収まっていた。
「しゃうー、おあえい」
すっぽりと毛皮に包まりながらアニーは、にこっと笑った。
ジーモンのおかげなのか、落ち着いた様子だ。
だけれど怖い思いをしたせいか、声が妙に小さい。
大丈夫かとアニーの頬に手を伸ばして撫でると、気持ちよさげに顔を傾けて目を閉じた。
なんだかカトリンみたいだ。
そう思うと妖艶な外見の彼女だけれど、中身はアニーと変わらない子供のままなのだ。
子供のまま大人になってしまう事はあることだけれど、彼女の生い立ちを思うとやるせない。
そうしているうちに、アニーの羽織っていた毛皮がズレた。
「アニー! これは何?」
思わず私は、声を荒らげてしまった。
アニーがびっくりしている。
アニーだけではない、グーちゃんもジーモンも私を見て目を丸くしていた。
いや、驚くのは私の方だ。
何故なら、少女の首には包帯が巻かれていたのだ。
「ちょっと怪我しただけでし。傷ちいさいでし。大丈夫だし」
グーちゃんがそう私に言い聞かせている。
取り乱す私を心配してか、ジーモンはスルスルと包帯を外して彼女の首を見せてくれた。




