表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人
592/601

577話 ごっこです

 1日いなかっただけなのに、この荒涼とした採掘場に着いてほっとする。

 領主館では、知らない人ばかりであったし、無意識に気を張っていたようだ。

 それにしても、いつになく広場には人が集まっていて、地面を見たりきょろきょろと辺りを見回す者もいた。

 まさか私をお出迎えという訳ではないだろうし、何かあったのだろうか。


「よう! 帰ったか、ロッテ婆さん! 婆さんの飯が恋しかったぜ」

 テオだ。

 陽気に出迎えてくれるのがありがたい。

「まあ、うれしいこと。それにしてもこの時間は坑道での仕事ではなかった? それに何人も人が……」

 一体何事なのかしら。

「ああ、2人ほど新入りの鉱夫が逃げたみたいで、足跡でどの方向に行ったかくらい分からねえか調べてんだよ。だけどさっぱりだな」

 テオは、両掌を上に向けてお手上げだと肩をすくめた。


 そもそも足のサイズや靴底の模様の登録もしていないだろうし、出入りの多い入口近くの広場で足跡を見ても、いつ頃着いたものかも、誰のものかも判断出来る人なんて、いないのではないかしら。

 これは完全に調べているポーズをとっているだけの、捜査ごっこのようなものだ。

 大方、大衆紙の探偵小説を聞きかじって、やってみたというところだろう。

 それこそ追跡の得意な猟師でも連れてくるべきだけれど、そのジーモンがここにはいないのだから、彼らは本気ではないのではないか。


「逃げた?」

「朝起きたら、どこにも居なかったらしい。また、おかしなことに、いつもなら調べろなんて言わねえのに、今回に限ってグンターがうるさくてな。こないだもひとり死んだし、新入りが消えるのは珍しいからとはいえ、みんなで探せとか気まぐれもいいとこだ」

 新人が消えるのが珍しいという事は、古参はいつ消えてもおかしくないし、逃げたとしてもわざわざ追わないということかしら。

「そうなんですね……」

「まあ、古い奴は怪我も増えてくるし、金も持ってるから逃げるか辞めるかしかないからな。給金も出ないうちに逃げるのは珍しいからグンターも気にしてんだろ」

 新人がいなくなるのはグンターの予定ではないのだ。

 では、古参が消えるのは彼の予定通りなのかしら。


 なんだか変な考えをしてしまっているわ。

 鉱夫が消えるのはよくあることって聞いているのに、グンターに結び付けようとしてしまう。

 スヴェンが急いでいたのも、グンターにどやされたからに違いない。

 私の迎えは伯爵の命なのだから優先したけれど、休む間もなく山道の見張りに行けとでも言われていたのかもしれない。


 テオは街の方へ目をやりながら小さく呟いた。

「俺もそろそろ山を降り時かな」

 いくら待遇が良くても、色々と問題がありそうな職場だものね。

 長くいるには向いていないのはわかる気がする。

「生きてるうちに降りなきゃね」

 つい、私の口をついたその言葉に、きつい冗談を言うなと彼は笑った。


 私は思い出していた。

 まさか、またあのゴミ穴に死体が捨てられていたりしないわよね?

 死体を見て「もったいない」と話していた2人。

 新人にまた死なれていたらもったいないから、今回は探す事にしたのかしら……。

 そういえばあの死んだ鉱夫の事をグンター達が事故に仕立てたせいで、誰が犯人なのかも追及されずに有耶無耶になっている。

 殺人が隠されて罪に問われていないなんて、いくら人里から隔離された鉱山とはいえおかしなことばかりだ。


「早くお2人が見つかるといいですわね。では、私は小屋へ向かいますね」

「ああ、慣れない馬で疲れたろ。ゆっくり休みな」

 私は荷物を抱えて彼らを後目に小屋へと向かった。

 なんだか落ち着かない。

 不在の一晩で、なにがあったというのか。

 早くアニーとグーちゃんに会いたい。

 笑ってお帰りと迎えてほしい。


 早歩きで小屋の前に到着する。

 何故か水が撒かれてぬかるんでいた。

 昨夜は雨は降らなかったわよね?

 水を撒いて嫌がらせというには今更だ。

 不審に思いつつ扉をノックしたけれど、それには意味がなかった。

 ガタンッと音を立てて扉は外れてしまった。

 誰の返事もないのに加えて、その扉は立て掛けてあっただけなのだ。


 掘っ立て小屋と言っても過言では無い小屋であったけれど、きちんと戸には蝶番がつけられていて中から鍵も掛けられる仕様だった。

 私の留守中は、しっかり戸締りをするように言ってあったので、内側からつっかえ棒もしていたはずだ。

 そうそう戸が外れる事はない。


 よく見れば扉には土の汚れが付いてへこんでいるし、蝶番が止められていた場所の板には亀裂が入っていた。

 誰かが扉を蹴破った跡だ。

 そして、ここに押し入ったのだ。


 サッと血の気が引く。

 私の喉は狭まって、変な音を出した。

 手の震えが収まらない。

 びっしりと生え際から汗が吹き出してきた。

 小屋の中は静まり返っていて、焚き火は消えて冷えている。


 何かがあったのだ。

 昨夜、ここに誰かが踏み入り、そして消えたのだ。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ