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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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574話 女主人の部屋です

 ねえ ねえ

 そこにね 

 そこにあるのよ

 わたくしに それをとどけて


 一晩の使用を許された使用人部屋のベッドで眠っていると、夫人の呟きが聞こえてくる。

 ああ、今日は晴れていたものねと、夢現にも昼間の天気の確認をしてしまう。

 もう慣れたものだ。

 こんな夢の来訪に慣れるのも嫌なものね。

 だけれど、それはいつもと違っていた。

 いつもならば、どこかへ誘うような文言を呟くものだったはずだ。


「セレネ様?」

 私は夢の中で伯爵夫人の名前を呼んだ。


 あなた ねえ

 そこのね

 かいだんをおりて

 そうして わたくしのへやへ

 そこに あるの


 不思議なことに、彼女は私が領主館に滞在しているのを把握しているようだ。

 日々の夢に現れる夫人の事を思えば、不思議ではないかもしれないけれど。


「何があるの?」


 ええ あれが そこに

 ひからびた わたくしの 

 おもいでの はなが


「花がどこに?」

 このやりとりにも慣れては来たけれど、夫人の意識がはっきりしていないと、なにひとつ要領を得ないのだ。

 彼女の意識を浮上させるように、こちらから誘導しなければならない。

「そういえば、あなたの旦那様は私の料理を気に入ってくれたみたい。あなたのアドバイスが効いたのね」


 そう あの人 私の料理が好きなの

 良かったわ

 まだ 私の料理を好きなのね


「そうみたいね」


 ねえ あなた 山の上にいるのよね?

 庭はどう?

 素晴らしい庭でしょう

 あの人が手づから整えた庭


「ええ、刈込みも花も見事でしたわ」


 そうでしょう?

 この土地で自慢出来る事のひとつよ

 あの人は庭師になるべきだったのよ

 領主なんて向いてなかったの

 だけれど、他に継ぐ人もなくて


「そういえばハインミュラー商会長にも会いましたの」


 はいんみゅらー...…

 あの人は好きじゃないわ

 私達をいつも馬鹿にしていた

 でも眩いものを、ばらまいてくれる

 わたくしたちに必要なひと


「ばらまく?」


 ええ かれにしか できないこと

 かれが ばらまいて わたしたちは ちらばる

 そうして ひろがる


 ねえ

 それよりも お願い


 へやへ

 私の部屋へ行って

 花を

 私に届けて


「その部屋もだけど、あなたの居場所もさっぱりわからないわ」


 私 わたくし ずっと 

 ずっと 暗い くらいあなの先にいてよ

 今は もう使われてない 


「廃坑のどこかにいるの?」


 ええ ええ そう

 わたしは いるわ

 そう ずっと捨てられていたところ

 そこで みんな まっていたの

 みんないるの

 いっぱいいるのよ


 そこから もっていかれて ちりぢりに

 だから

 さみしいから

 ちいさなあの花が そばにほしいの

 枯れ果てた 私の思い出を

 私に 届けて


 よく分からないまま、私は目を開けた。

 まだ外は暗い。

 夫人の夢を見ている時、私の脳は休んでいるのか活動しているのかどちらなのかしら。

 疲れている訳ではないから、ちゃんと体は眠ってはいるみたいだけれど。


 体を起こすと、誘われるように部屋の外へと足を運んだ。

 昔の戦のあった時代の建築様式の為、明り取りの窓は大きくない。

 昼間でも暗かった屋敷内は、夜中だと本当に視界が効かない。

 節約の為か廊下の灯り自体も少ないので、私が出歩いても誰かに見咎められる事はなさそうだ。

 これだけ暗ければ、いつでも隠れる事が出来る。


 自分の使っていた部屋の位置を確認して、暗い廊下を壁に手をつきながら歩いていく。

 石造りの床なので木靴が音を立てないように気を付けて、ゆっくりと慎重に足を進めた。

 この暗さに、私はあの洞窟を思い出していた。

 あの時も私は、壁に手を付けて進んでいた。


 最初は何が起きたかわからなかったけれど、人間なんでもやってみれば出来るものだ。

 食堂の手伝いや小屋での生活。

 アニーやグーちゃんとだって、2人とも最初は私に怯えていたけれど、今ではすっかり家族のように過ごしている。

 これは私が望んだ事。

 そう、物騒な呪いや陰謀がなければ鉱山での静かな生活は私が望んだものに違いなかった。


 夫人が教えてくれた通り階段を降りていくと、明らかに灯りの多い一角があった。

 そこは館の主のプライベートな区域なのだろう。

 いくら節約といっても、伯爵の部屋の周りの灯りくらいはちゃんとつけてあるのは執事のこだわりだろうか。

 さて、目的は伯爵の部屋ではなく、その隣の部屋だ。


 扉には花の意匠が彫られていた。

 それは女主人の部屋。

 オイゲンゾルガー伯爵夫人の部屋だ。


 そっとドアノブを回すと、手応えなくそれは回った。

 鍵は掛けていないようで、容易く開ける事が出来た。


 さすがに夫人の部屋の中の灯りはつけられていなかったけれど、廊下や他の部屋とは違い大きなガラスが入った窓があって、そこから部屋全体に月明りが差し込んでいた。

 日当たりも良さそうだし、ここが特別な部屋として作られたのがわかる。

 この館を建てた人は、自分の妻へこの快適な部屋を贈ったのだろう。

 それとも既に尻に敷かれていて、この部屋だけは妻の意見を元に作られたのかもしれない。

 

 昼間ならばさぞかし明るく光に溢れていたことだろう。

 月に照らされた室内は、暗闇に馴れた目には不自由はなさそうだ。


 さて、目当てのものはどこにあるのかしら?





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