569話 お付きです
日が傾いた頃に、ハインミュラー商会の商会長が到着をしたらしく、静かだった玄関ホールの方から騒めきが伝わってきた。
何人か商会の部下なのか、侍従なのか分からないが人手も連れて来ているようだ。
洩れ聞こえてくる彼らの会話からは、館やこの立地に対する批判のようなものが混じっており、尊大な感じを受ける。
確かハインミュラーは子爵位の貴族の傍系血族が起こした商会であったようなので、商会長ともなると爵位はなくとも貴族も同然で、その様に振る舞っているようだ。
貴族子息の職員が多いというのもそうした社風が受けての事かもしれない。
貴族の悪い所が出ているけれど、爵位を継ぐことの無い子供を引き受けてくれるなら、その家門はきっとハインミュラー商会を贔屓にするだろう。
そうして客を増やしていくのは、貴族の縁故社会に即しているし、ある意味正解と言えるだろう。
ロンメル商会も元は同じ様な成り立ちであるけれど、平民の起用も多いしそこほど選民意識を感じた事がないので、商会としての性質は真逆のようだ。
特権階級に誇りを持つ貴族とは相性は悪いかもしれないけれど、単価は低くとも平民の母数は貴族を凌駕しているし、質が良ければ貴族にも受けるものだ。
現にエーベルハルト侯爵家にも出入りしているのだし。
そう思うとハインミュラーが賢者の支援をしているという理由だけでなく、商会の姿勢からみても私とはあまり合わなそうである。
ロンメルがまさに仕事人という感じの人間で良かったとさえ思ってしまった。
執事がワゴンで晩餐室へ料理を運び、料理人の老人の方は商会長のお付きの人が控えている部屋へと夕食を運ぶ中、私は伯爵家の台所女中のお仕着せの服を着て手持無沙汰で椅子に座ってそれを眺めるしかなかった。
お仕着せは旧いものであったけれど、仕立てはしっかりしているし動きやすく出来ている。
結局、あまりにも暇なので老人の手伝いをしに麦酒の入った瓶を運ぶことにした。
控えの間を覗くと、彼らへの食事は老人が用意した焼いた肉とスープとパンという簡単なもので、今晩の晩餐と比べると悲しい気分になるものだ。
それでも庶民と比べたらいいものだけれど、私達館の人間の夕食になる晩餐の残り物を思うと気の毒になった。
お付きは所詮外の使用人であり、それなりの食事で我慢しろということか。
彼らは控えの間が晩餐の間から離れているのをいい事に、若い女性の給仕のいない不満をはじめ、食事の簡素さに悪態をついていた。
そうして事ある毎に伯爵の事を妻に逃げられた負け犬やら、山暮らしの隠遁した田舎者といった表現で馬鹿にしていた。
そんな話しか出来ない彼らにうんざりすると共に、商会の仕事相手である伯爵へ私達から告げ口される事も考えが至らない軽薄な部下への教育をしっかりしていないハインミュラー商会長への不信も募ってくる。
伯爵の事を商会の下請けとでも思っているかのような振る舞いは、いくらなんでも褒められるものではないもの。
彼らに腹を立てる私に料理人は世間話をしてくれる。
「いつもあの人達は、あんな態度なんですか?」
「そりゃあ貴族生まれの人達っていうのはあんなもんさ。特にこの家は長い間大変だったしな」
貴族でくくられると反論しそうになるけれど、この伯爵邸ではそれが常で、お行儀の良いお付きはいなかったのだろう。
どうやら伯爵家とハインミュラー商会の付き合いは長いもので、鉱脈が枯れて坑道が閉鎖されてからも出入りの商会として使っていたとのことだ。
まあ、こんな山の上の館まで往復すると申し出る新しい商会はないだろうし、そのまま取引きが続いたのは不思議ではない。
資金繰りの悪化から支払いの遅れがたびたび起こり、爵位はあっても商会の中では軽んじられる立場になったのは仕方がないというしかない。
しかし、新鉱脈が見つかり経営が上向きになった現在も扱いはそのままであるようだ。
失った立場はすぐには回復しないようであるし、どちらかと言うと新鉱脈は賢者の手柄で、たまたまオイゲンゾルガー伯爵の鉱山にそれがあっただけというような評価なのらしい。
現在、伯爵自身への扱いが悪い事はないようだけれど、鉱石を納品してもその風潮はあまり改善されていないのだという。
「商会長もなあ、下に目が届いてるのかどうか」
お付きの面々が伯爵を馬鹿にしているのだから、その使用人への扱いはしれたものである。
随分と思うところがあるようだ。
そんなことならいっそロンメル商会に乗り換えてしまえばいいのにと思うが、こちらの地域だと昔ながらの付き合いもあって難しいのかもしれない。
しかし、最近ではレーヴライン侯爵やクルツ伯爵はロンメル商会を贔屓にしだしているし、そのうちに勢力図がかわれば、この家も立場を変えるかもしれない。




