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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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564話 道楽です

 執事の話によると、この立地と建築方法は純粋に趣味の結晶のようだった。

 てっきり成金が権勢を誇る為に高い所に住み出したのかと思っていたけれど違ったようだ。

 鉱山の儲けでこんな場所に自分好みの館を仕立てるとは道楽も極まれりというところだろう。


 鉱脈が枯れてからは、それこそ不便でどうしようもなかっただろうに。

 建てた本人には素晴らしい1品であろうが、受け継ぐ子孫にとっては負債もいいところであろう。

 平和な現在では、攻めてくる軍勢もいないのだ。


 この館を手放そうとしても立地や居住性からいって買い手はつかないのは目に見えている。

 新鉱脈が発見されるまでは、いくら爵位があるといっても、ここを継ぐのは幸運であるとは言えなかっただろう。

 建てた先祖がその金で、山を開墾し林業なり農業なりに力を入れていたら、また違った伯爵家の歴史が綴られただろうに、そこは少し同情してしまった。


「久しぶりにこの館の来歴を説明する機会に預かれるとは思ってもみませんでしたな。最近ここに来る方々は、そういう方面にはとんと疎いようで……」

 懐かしむように目を細めて、満足気にしている。

 今は窓も大きく採光に恵まれた豪奢な建築が好まれているから、なかなかこの館に興味を持つ人もいないだろう。


 私もそう詳しい訳ではないけれど、エーベルハルト侯爵家のギャラリーにも武具の装飾品もあったし、国内にある建築様式は王太子妃教育で受けていたのだから全くの無知ではない。

 そうやって身に付けた知識が執事との関係を円滑にしてくれるならなによりだ。

「そういえば、あなたはただの使用人ではありませなんだか。元は貴族でしたとか……」

 執事は私のここでの事情を知っているのか、少し言い淀んだ。

 気の毒に思ってくれているのはありがたいけれど、事実無根の身の上話なのだから少し後ろめたくもある。

「今は食堂の手伝いですわ」

 私はにっこりと笑って見せたが、それも先入観を持つ人間からみたら強がりに映ったかもしれない。


「ここは奥様がいなくなってから、女手が足りませんのでな……。何か気付くことがあれば、教えて下され」

 執事が私に気を使ってそこまで言ってから、しまったというように口を閉ざした。

 夫人の事は話題にしないようにしているのだろう。

 もごもごと言い訳するのを私は無言で頷いて、事情は察している事を伝えた。


 もしかしたら彼女がここで暮らしていた頃は、寂れながらもそれなりに女性の感性で生活しやすく整えられていたのかもしれない。

 この館に感じる無骨さやある種の空白は、夫人の不在の残滓とでもいうべきものなのかもしれなかった。


 結局、話はそこで終わって盛り上がることなく奥の厨房へ連れていかれた。

 古びたながらも掃除が行き届いたそこには、白髪頭の老人が椅子に座って船を漕いでいた。

「うん? ああ、みっともないとこを見せちまったな。つい、寝ちまって……」

 執事に起こされて目が合うと、老人は気軽に挨拶をしてくれた。

 客人のもてなしに他所から料理人が入るのが常なのか全くの抵抗もないようで、手伝える事があれば言うように申し出てくれる。

 だが、手伝いを頼むのも申し訳ない気持ちになるような年寄りだ。


「最近、鉱山から夕餉が届くから、楽さしてもらってありがたいこって」

 そう言って私の手を掴んで感謝してくれる。

 その手は痩せて長年の労働で荒れてふしくれだった働き者の手だ。


 余生を過ごすついでに伯爵の食の世話をしているようで、ここを辞めさせられたら行くあてはないのだという。

 確かにこの老人を切らないのは伯爵の懐の深さかもしれないけれど、本来なら隠居させて館の一角で世話するなり、小金を握らせて教会の修道院で面倒をみてもらうなりするものではないのだろうか。

 それとも、こうして働けるうちは働かせるのがいい事であるのか。

 私の戸惑いに気付いたのか執事が口を開いた。


「旦那様もわかっておいででしょうが、何一つ変えたくないのでしょう。この館もしかり使用人もしかり。奥様が出ていったそのままで待っていたいのでしょうな」

「え……?」

 執事が夫人について言及した事にも驚いたけれど、その内容にも驚かされた。


 夫人がいつでも帰って来れるようという事らしいが、肝心の彼女はもう生きていないのではないのか?

 執事は彼女の生死を知らないまでも、伯爵は分かっているのでは?

 連れ合いを無くして思考が止まってしまうのは分からない訳ではないけれど……。


 増えない人員も、欠けたままの装飾品も、倹約しているのではなくて、伯爵が現実から目を背けた結果だとすればやるせない。

 それに付き合わされる使用人が気の毒な気がした。


「今晩の晩餐の相手は、旦那様、いえ伯爵家にとって重要な相手ですのでよろしくお願いしますぞ」

 私の料理はもう知っているようだけれど、その上で念を押される。

「おひとりですよね? その方の苦手なものとか好き嫌いを聞かせてもらっても?」

「特にはないかと。ただ目新しいものが好きな方ですので、前もってお伝えしたように貴族相手でも見劣りしないそれでいて珍しい物を並べていただければよいのです」

 特に新しい情報はもらえないまま、厨房に立つことになった。



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