563話 玄関です
「では、明日の昼頃に、また迎えに来ますね」
馬にくくった荷物を手早く降ろすと思いを馳せる私を置いて、スヴェンは颯爽と馬に跨り去っていった。
普段と違ってキビキビと動いているし騎乗の彼の背筋はピンと伸びている。
乗馬が好きなのかしら?
こうみると貴族の坊ちゃんにみえてもおかしくない。
おどおどして気弱にみえるのに、馬に乗れて娼婦受けがいいなんて本当に変わった男だ。
それにしても、困ったわ。
私は立ち尽くしていた。
スヴェンに降ろされた場所で待っていても、迎えが一向に出てこないのだ。
てっきり使用人が案内しにくると思っていたのに。
まるで誰もいないような静けさだ。
しばし待ってみてから、埒が明かないので一泊用の荷物が入った鞄を持ち上げて正面玄関の扉の前まで移動してみる。
こういう場合はどうしたらいいのだっけ?
いつもなら従僕を先触れに出して、相手方の歓迎を待つものだ。
そうして玄関には迎えの家人か執事なりが出て来てくれるのものだけれど、ひとりでよその館の玄関先に立つなんて初めての事なのだ。
どうしていいかが全くわからない。
前世の日常のように呼び鈴を鳴らして「こんにちは。お邪魔します」とするのは何か違うような気がする。
人の気配も感じられないこの館を前にして、だんだんと心細くなってきた。
スヴェンも館の人間に私を紹介してから戻ればいいのに……。
少し恨み言をもらしてから、玄関扉を観察した。
重そうな扉の真ん中には叩き金が備え付けられている。
よく見ると変わった犬のような顔の叩き金だ。
きっと鉱山に因んで鉱山妖精の顔を模したものだろう。
水吐きの雨樋に魔除けの石像鬼を飾るように、これも魔除けなり縁起担ぎであったりするのかもしれない。
しばし悩んでから叩き金に手を掛けて訪問を知らせた。
カツンッ カツンッ
ノック音が辺りに響き、しばらく待っていると中から執事服の腰の曲がった老人が現れた。
扉を少し開けて、その間から突然の訪問に胡散臭そうな眼差しを投げかけてくる。
警戒心一杯と言う感じだ。
館のみならず執事までも陰鬱な様子である。
「初めまして。鉱山の食堂から参りましたロッテ・シャルルヴィルです。本日の晩餐を頼まれました。お世話になります」
なるだけ愛想よく見える様に微笑んで挨拶をする。
老人は私をジロリと見ると、付いてこいとでもいうように中に入るように不機嫌そうに手を振った。
なにやら小声でブツブツと言っているのに耳をすますと、どうやら私が勝手口に回らなかったのを咎めているようだ。
よく考えれば私は使用人としてここに来た訳だし、正面玄関を使うのは確かにおかしなことであったことにようやく気付いた。
中に通されると昼だというのに薄暗く、石造りの館独特の寒気に満たされていてヒヤリとしている。
採光はあまり考えられていないようで、窓は細く縦に長い。
その分、蝋燭や魔道具の灯明が置かれてはいるが倹約の為か、あちこちにある灯りは光を失ったままだった。
内装も華やかとは言えず、美術品よりも鎧や武具、そして武骨ながらも掘り出された鉱石等が置かれていた。
置かれているといっても、ところどころまばらに妙な空間が目立っている。
台座はあるのに、その上に飾られている物がないのだ。
スカスカであると言えばいいのか。
おそらくそこにあったと思われる装飾品達は、廃鉱となってから新しい鉱脈が見つかるまでの間に困窮した伯爵家を支える為に手放され財源に充てられたのではないだろうか。
それを誤魔化すでもなくそのままにしているのは潔ささえ感じるものだけれど、貴族としてはどうなのだろう。
空いた場所にせめて特産の朧水晶でも置けばいいのに、それすらしていない。
投げやりの様な感じがする。
話に聞くほどは、量が採れないのかしら?
館の様子からは景気の良さはさっぱり伝わってこなかった。
「オイゲンゾルガー伯爵家の歴代の主の方で武人か、武具を好まれた方がいらっしゃったのですか?」
私がそう執事に聞くと、おやっという風に顔を上げた。
「あちらの武具など、なかなか歴史があるものかと存じます。この館も近代というよりも戦備えに向いた建築方法かと」
執事は少し驚いた様子だ。
いい反応といえるだろう。
せっかく来たのだから少しでも居心地のいい住人との関係を作りたい。
この年齢の執事ならば屋敷の装飾等には精通しているだろうし、あまり客の少なそうなこの館ではその知識を披露する場も限られていそうだ。
自尊心をくすぐる訳ではないけれど、得意な話題ならば口も軽くなるというものだ。
「詳しいですな……。こちらの館を建てた三代前の主が戦史好きの好事家でしてな。山の上に建てたのも有事の際、攻めにくく落ちにくい為だと言われております。まあ、乱世でもないので無用の長物といえばそうなのですが……。当館の価値がわかる方は珍しい」
思惑通り滑らかに喋って、私に対する当たりも少し柔らかくなった気がする。
先ほどまでとは違い明らかに会話を楽しんでいる雰囲気さえ出て来て、私はほっと胸を撫で下ろした。




