554話 取り換え子です
「取り換え子自体の目的は、さらった人間の子を愛玩物にしたり奴隷にしたりと様々でね。土墳、墳墓に住むと言われるトロールは鉤爪を持っていて、時に屍食鬼と混同される事も多いことで知られているんだよ」
「トロールと言うと北の土地の生き物だの。確かに夜に徘徊したり人を食ったりと、言われてみれば共通点は多いのう」
ギルベルトはダンプティの賛同に気をよくしたのか、すっかり話に夢中になっている。
「他にも鉱山や穴蔵に住むと言われる犬の顔を持つコボルトもグールとよく似ていてね。僕は伝承の中の生き物の何割かは、グールが担っているんじゃないかと思ってるんだ」
「各地で別の呼称を付けられておっても、実は同じという訳じゃな。して、それと宗教がどう関わるというのか」
「そう! グールと言えば面白いのは、さらわれた子供は人間であるのに、屍喰鬼の中で生活していると、長じて同じく屍喰鬼になるという話なんだよ。これは屍食教と呼ばれる宗教で扱われている話でね。経典に従い屍食鬼と褥を共にし、人を食べて他人の魂を取り込みむことで、より高次の存在へその身を変えるということだ。つまるところ、人のくびきから解き放たれるのを目的としている宗教だね。人よりも強靭な体と長寿を持つ屍喰鬼へと変貌することを至上として、低きにいる他者をそう成るように導く為にも、彼らはコミュニティを作って暮らし、子供を取り替える事で屍食鬼の因子を社会に潜ませ、またさらった子供を屍食鬼へと変えて数を増やすという我々から言わせてもらえば、ありがたくない活動をしている連中だ」
学者はまるで水を得た魚のように、生き生きと語ってみせた。
「ああ、説明はその辺で良い。いささか話が逸れてしまったようであるが、子供を攫うのと引き換えに別種の生き物を置いていくのが、いわゆる取り替え子であるといえよう」
ダンプティは、学者の長話に呆れたように頭を抑えて首を振った。
「では、シャルロッテ様もそのトロールだかグールだかと取り替えられたとでも言うのですか? この目の前にいるのは、どこからどう見てもシャルロッテ様そのものなのに?」
怪訝な顔でラーラは質問をする。
「答えを急くでない。まあ、雑談が長引いたのは我から謝罪しようぞ。そう、アインホルン殿の話だと交換された子供は異形のモノというわけでな」
「そうそう! 取り替えられたとうそぶいて子供を虐待する輩もいるんだよ。子供への暴力を正当化する為に伝承に乗っかるなんて、愚かしいというかなんというか。不出来な子供が我が子であるはずがないってね。取り替え子を酷く扱えば妖精が本当の子供を戻してくれるという昔話を建前に、水責めにしたり釜戸で焼こうとしたり、いやはや理解に苦しむね」
「そちは、隙あらば話をねじ込んでくるな。学者馬鹿とはよういったものよ」
学者が今いったような虐待行為が行われているのは、ラーラも聞いた事があった。
彼女の知るところは、それに至る理由は子供の不出来というより、その実、不道徳な行為によって身籠った、夫とは似ていない子供に対して行われる事が多いというなんともやるせない話だ。
配偶者に似ていない顔立ちや目や髪の色は、何者かに取り換えられた子であるからだと主張する事で、女達は離縁を免れてきた。
我が身可愛さで子供を生贄にする親は、どの世界にも存在するものなのだが、子供に罪はないではないかと思わずにはいられなかった。
「人は狡猾であるからの。ところでアインホルン殿の話には欠けている部分がある。取り替え子として引き換えに置いていかれるのは、妖精や異形の子だけでなく、丸太も含まれるのはご存知か?」
ダンプティの言葉に、ギルベルトは眉をぴくりと上げた。
「ああ、魔法がかかった丸太というものもあるね。でもなんだい? そこのお嬢さんが丸太だとでも言うのかい? さすがにそれはないから話を省いたのだけど」
省くべき事柄は山の様にあっただろうと思いながらも、ラーラはそれを聞いて寝台の主人へ視線を向けた。
そこにいるのは、生気がないものの長年を共にしてきたシャルロッテ・エーベルハルトそのものだ。
ギルベルトではないけれど、到底丸太には見えやしなかった。
「いかにも。今回はその技をかけた者の手際が良すぎたのだな。これは芸術といっても差し支えなかろう。他の魔法の丸太と比べようがない良い出来である。その鼓動はチクタクと刻まれ、写し身はまるで鏡面の様相。魔法の丸太で造られた精密な時計の歯車を嵌め込んだ、いわゆる機械仕掛けの人形である」
そう断言されても、2人の目に映る少女が紛い物であるとは思えない。
「信じられぬのも仕方ない。まあ、見ておるがよい。これなるは浄化の香、聖樹、白檀、乳香である」
ダンプティが並べられた香料の説明をする。
どれも昔から神聖な香りとして邪気を払う効果があるという。
「地母神教の祭祀がおれば浄化の儀でも行ってもらうところであるが、まあそこまで大袈裟な事をする必要もないであろう。我で間に合うはずである」
興味深げに、学者は並べられたそれを眺めた。




