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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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545話 丁寧です

 とにかく私が本格的に働く事になったらアニーの面倒をみるのが出来なくなってしまう。

 ロルフもそれを見越していて、短い時間の手伝いしかさせないのだ。

 結果、ロルフひとりが働きすぎになってしまっている現状だ。

 伯爵は料理をした事がないから、この食堂に必要な労働力を軽く見積もっているのだろう。

 もし面会が可能であれば、この実情を訴えなければ。

 ロルフもロルフで、強く要望を出さないのだから人がいいと言うしかない。


「この料理は、とてもシンプルでございます。シンプルといっても手抜きとは違いまして、手順は簡単でありながら、手間と時間を掛けて作業のひとつひとつを丁寧に進める事が、より素晴らしい料理へと繋がると私は考えています。手が早いのも仕事には必要ですが、何事もおざなりにしてはいけません」

 体格のいい料理人が、微笑みながらそう口にしたのを覚えている。

 王宮で栗の肉料理を食べた時に珍しいと連呼していたら、気を利かした給仕が料理長を連れてきたのでいろいろと話が聞けたのだ。


 栗料理は珍しいので、エーベルハルトの両親にも食べさせたかったから、作り方を熱心に教えてもらった。

 調理法を聞きたがる令嬢は珍しいのか、最初は当たり障りのない話をしていた料理人だが、私の熱意に打たれてか栗の下拵えの仕方までしっかりと指導してくれた。

 そこでこの言葉をもらったのだ。

 手早く済ませるのもいいけれど、手と時間を掛ける事が大事なのだと。

 それは何事にも通じる気がした。


 けれども、せっかく覚えたのに両親には披露する機会が訪れなかった。

 いや、もとの子供の体では披露も何もないから仕方がない。

 こうして今、調理出来ているのは大人の体でいるからだ。

 元に戻れて、体が大人になったら作ればいいだけの事だ。


 ふっと、心に陰りが落ちる。

 そんな日が来るのかしら。

 もし、このままの姿で、戻れなかったら?


 そうなったら、そうなった時だ。

 このままアニーの面倒を見て暮らすのもいい。

 ここの食堂で仕込んでもらったお陰で、街の料理屋や飲み屋でも一通り働けるだろう。

 そうしたらアニーはもっと表情豊かに、言葉も流暢になって街の子供達に混ざって遊んだりするのではないだろうか。

 小さな庭付きの家を借りて、アニーとグーちゃんと3人で、誰からも注目されず利用されず、野心や陰謀からほど遠いところで暮らすのだ。

 それはなんて幸せな光景だろう。


 薄情である自覚はないけれど、家族への執着が湧き上がらないのは、前世の記憶のせいだろうか。

 それとも神様のせい?

 人は結局は、ひとりで死んでしまうのだ。

 一度死んで、姿も形も名前も変わって、こんな遠くに来てしまってはこういう考えになってもしようがない。


 私は大きい木製のヘラを両手で使って、薄く切った玉ねぎを橄欖油(オリーブオイル)でゆっくりと柔らかく透き通るまで炒めた。

 そうして火が十分に通ったら適当な大きさに切った塊肉の表面を焼き付けて、肉の旨味と汁を閉じ込める。

 焼けた肉と玉ねぎの甘い匂いが合わさって、これだけでもおいしそうだ。

 そこに白ワインと水を入れて、こげないように鍋肌をこそげながらかき混ぜるのは大仕事であった。


 大人数の料理を1度に作るのは思うよりも重労働で、体全体を使わなければいけない。

 料理人に体が大きい男性が多いのもわかる気がする。

 少人数の料理を作るのと違って、結構な運動量なのだもの。

 味見やなんやで体重が増えていくだけでなく、こうして毎日料理するたびに体を動かしていれば筋肉も増えるはずだ。


 乾燥させた月桂樹の束から葉を何枚か摘んで鍋に入れたら、後は煮込むだけなので一段落だ。

 そうはいっても、煮込む間もやる事は多い。

 付け合わせの根菜を剥いたり切ったり煮たりと、おいしい食事には時間もかかる。

 特に煮込み料理は、煮ている間に味が深くまろやかに育つというものだ。


 早めに調理しだしたのは、ロルフを休める為だけではなく、しっかりと煮込む時間を確保したかったからでもあった。

 一晩かけて作る料理だってあるのだから、時間はあって悪いものではない。

 コトコトと鍋は音を立てて、なんともいえないいい匂いを漂わせていた。


「おう、ロッテ婆さんやってくれたな」

 ロルフが出来上がった煮込みの鍋を覗きながら、満面の笑みでそう言った。

「たまにはこういうのもよろしいでしょ?」

「起きて料理が出来上がってるなんて、子供の時以来だな。あんたが来てから楽させてもらってるよ」

 そう言ってもらえて悪い気はしない。

 栗を剥くのは大変だったけれど、やったかいがあるというものだ。


「すみません。グンターさんに言われて来たんですけど……」

 気の弱そうな声が入口から聞こえる。

 振り向くとスヴェンが覗いていた。

 私は先程のグンターとのやりとりをロルフに短く伝える。


「ああ、今日も伯爵に届けるのか。ロッテ婆さんが、もし山の上のお抱え料理人になっちまっても、ここの手伝いは続けてくれよ? なにせ万年人手不足ときてる」

 私の料理ばかりが領主に献上される事を料理人として嫌ではないかと思ったけれど、ロルフにはそんな事は露とも思ってない様だった。



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