537話 交流です
ジーモンの家は、代々この鉱山の常駐の警備員のようなものだった。
その流れで猟師と共に周りの獣を狩ったり、鍛冶屋に狩猟武器の手入れを習ったり、医者の助手として鉱夫の怪我の面倒をみたりと先祖が鉱山での生活に必要な技術を身につけたお陰で、自分もなんとかやっていけている。
ジーモンが生まれた頃には、もうすっかり廃鉱山であったけれど、人がいなくなってからもやる事は変わらなかった。
彼は父からいろいろな仕事を教わり、一人前になった。
人が去り活気が無くなったこの山の墓守のようなものである。
廃鉱山ではあるが、ほおっておくと道には木々が蔓延るし、山の手入れは必要な仕事であった。
採れた獲物の一部は、税金代わりに山の上の領主館へ届ける。
代々仕えてきた彼らは、それ以外の納税は免除されていた。
それは、この山に残った事への領主からの温情もあったのかもしれない。
ともかく、他所での暮らしは想像もしていなかったし、先祖と同じく山に骨を埋める心積もりであった。
人はいなくなっても山には相変わらず獣はいたし、毛皮や素材を街へ持っていけば生活に困ることはなかったので根本的な生活は変わらなかったのだ。
一族の中には山を降りる者もいたけれど、鉱山を守ってきた。
そんな家だった。
今ではジーモンひとりになってしまったけれど、ここで生まれ育ったのだ。
景色も、空気も、ここしか知らない。
他の生き方も知らないし、彼の世界はここに全てあったのだ。
鉱山支配人のグンターとは、顔を合わすことがあってもそれは仕事上のものであった。
そもそも代々鉱山に住みオイゲンゾルガー伯爵家に使えるジーモンは、新鉱脈が見つかり支配人として就任したグンターには扱いずらい存在であった。
街から来たグンターが、鉱山育ちの男を見下し馬鹿にするようにまで、いくらも時間はかからなかった。
人気の無い廃坑を守って来たジーモンは、おおよそ人付き合いというものを理解出来ていなかったのも不味かった上に、多才なジーモンへの妬ましさも手伝って早い段階で孤立する事になる。
それが加速してグンターに取り入る鉱夫や、同じく新しく来た細工師と名乗る男と共に、ジーモンに酷い私刑を仕掛けたのだ。
閉鎖された空間では、誰かが先導し煽れば、容易く哀れな獲物を仕立て上げてしまう。
その結果は、大概が悲劇だ。
ジーモンに起きた事件を知ったオイゲンゾルガー伯爵は、グンター達に厳重に注意をしたものの、厳罰は下されなかった。
それはしでかした事に対して軽すぎる処罰であったが、ジーモンにはそれを判断する知識は無かったので不満の覚えようもなかった。
伯爵に逆らえば住み家を失うのだから、そういうものだと納得してしまったのだ。
酷い目にあったとしても、この鉱山は彼の住み家であり、世界であり、彼のすべてであったのだから。
街の衛兵や領地外の警邏に駆け込めば結果は、また違ったものになっただろうけれど、彼にそんなことを教える者は誰もいない。
ただ、伯爵は2度とこのようなことがないようにと念を押し、次は職の剥奪と罪に問うと宣言したので、その日からはジーモンはまるで空気のように、幽霊のように彼らから扱われた。
何をされようが見聞きしようが、街へ駆け込んだりもしない。
そんな彼を愚鈍と称して嘲笑いはしたものの、手を出す事はなくなった。
そうして人がいない廃坑だった時のように、静かな生活が彼に戻ってきた。
廃坑を抱えての長い生活苦のせいか、新しい鉱脈が見つかって財政が潤うというのに、伯爵は鉱夫以外の下働きを雇うのを嫌っていた。
最低限の人数しか雇われていなかったので、鉱山に住む者の食を与る料理人はロルフが就くまで何人か辞めている。
自分の店を持つという明確な目的があるロルフは、持ち前の体力を活かして何とか回していたが、休む暇もなく疲れ気味であった。
鉱山支配人であるグンターは、料理人の要望に娼館の女を食堂の手伝いに回してはいたが、彼女らは春を売りに来たのであって、台所女としてここにいるのではないので、その手際は押して知るべきというものである。
新しくきた料理人はジーモンにとって、この鉱山で唯一交流出来た人間である。
彼が狩ってきた獣の肉を扱うのはロルフであるし、忙しい中、わざわざ肉を取りに小屋まで足を運んでは、世間話をしていった。
それは孤立している猟師を心配しての料理人のお節介であったかもしれないが、本人はそれには気付いていない。
喋らないジーモンは頷くくらいしか出来なくとも、ロルフには関係なかった。
お構い無しに押し掛けてきて、猟師として彼が採ってきた肉や山菜を絶賛したり、鍛冶師として包丁を研ぐのを眺めたりしていくのだ。
会話が出来ないジーモンが、鉱夫にからかわれるのはよくあることだった。
手は出される事は無くなったが、入れ替わり来る新しい鉱夫達も口さがないのには代わりがなかった。
人を煽らなければ鉱夫になれないのだろうか?と思うほど彼らの一定数は、そんな風に出来ていたのだ。




