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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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528話 酒場です

 こちらを気にかけるなんて、前までなら考えられないことだ。

 情緒を取り戻しだしているのだとしたら朗報である。

「少し……ね。気にかかることがあるから、お留守番していてくれる?」

 私がそう言うと言葉を理解出来たらしく、寂しそうにしゅんとしている。

 それを見てグーちゃんが、アニーの頭をぽんぽんと叩いた。

「おでがいるでしよ。シャウは行くでし」

 その様子は、まるでアニーのお兄ちゃんみたいだ。


 出会った頃の彼は、ふいっとどこかに消えたり現れたり、こちらの事などお構い無しというように神出鬼没だったけれど、今では心配りをしてくれるようになった。

 アニーもグーちゃんも、いい方へと変わっているのだ。

 頼もしいグーちゃんにアニーを任せて、私はケープを羽織って外へと出た。


 手燭の蝋燭の灯りは頼りない。

 そこは相変わらずの闇で満たされていたけれど、この環境に慣れてきたからか、月や星の明かりを楽しむ余裕も出てきた。


「さて、と……」

 帰りを待つなら入口の門だ。

 だけれど私が着く前にスヴェンが戻ってきていたら無駄足になってしまう。

 彼を労うなら食堂へ行った方が、すれ違いにならずにすむかしら。

 食事の途中だったし、帰ってきてそのまま寄宿舎に戻ったりしないわよね。

 そう判断をつけて私は食堂への道へ足を向けた。

 毎日、朝夕通っているのでもう慣れたものだ。

 しかして食堂へたどり着いてみると、そこは知らない喧騒が満ちていた。


 暗い夜道にまで漏れつたうのは興奮と熱気、酔っ払いの怒号。

 夕食の時間でも力仕事をする男達の騒ぎようは賑やかだと思っていたが、その比ではない。

 いつもロルフが早めに帰らせてくれていたので知らなかっただけで、夕食後はこんなにも騒いでいたとは全く知らなかった。

 酒場の時間というわけだ。


 そっと中へと入ると、早々に酔っ払いに見つかった。

「ロッテじゃねえか! 婆さんも飲もうぜ!」

 名も知らぬ鉱夫達が、私の手を掴んで席に座らせる。


「あんたのお陰で、いい飯食わせてもらってるぜ。また新しい料理作ってくれよ!」

「あんたを見てると、田舎の母ちゃんを思い出すからつれえよ。こないだの啖呵を切った時なんか、俺の母ちゃんそっくりだったさ」

「小さい子連れて、あんたも苦労してんな。お貴族様なんて言ってからかって悪かったよ」

 お酒が十分入っているせいか、随分と馴れ馴れしい。

 その分滑らかになった口は、普段思っていることを吐露している。

 皆色んなことを思っていたのね。

 呆気にとられたまま囲まれて状況判断が追いつかない。

 酔っ払いの皆が同時に思い思いの話をするので、返事のしょうがなくて愛想笑いで誤魔化すのがやっとだ。


「なんだって、こんな時間にあんたがいるよ」

 人足頭のテオが私を見つけて、横にいた酔っ払いを引き剥がして座った。

 助かったわ。

 彼は、まるで護衛でもしているかのように酔っ払いの盾となってくれている。


「あの、スヴェンさんが……」

「ああ? なんだって?」

 私の声はすぐに喧騒に包まれて消えてしまう。

 どうやらお腹から声を出さなければ、雑談も出来そうにない。

「スヴェンさんが帰られたか、気になって来たんです!」

 そう怒鳴り返すと、辺りが静まり返る。

 場に相応しくない私の声のせいらしく、皆がこちらを見る。

 ロルフも酒瓶を片手に何やってるんだと呆れ顔でこちらに顔を向けている。

 まあ、酒場に私なんかがいたら場がシラケるのも分からないでもない。


「ロッテ婆!」

 最初に声を上げたのはカトリンだった。

 豊かな髪を揺らして私に抱きつく。

「いつもはこの時間はいないじゃない! うれしいわ。ほら、あんた達向こうに行って」

 男達をシッシッと追い払う様は、手馴れた酒場の女だ。

 それを合図かのように静まってしまった場が元に戻る。


 甘えてくる彼女しか知らない私は、酔っ払いを上手くあしらうカトリンに呆気にとられてしまう。

 ずっと娼婦として生活しているのだからその振る舞いはおかしくはないのだが、生きていく為に大人の女達の模倣をするしかなかったのかと思うと少し悲しくなった。

「テオもあっち行ってよ! 私はロッテ婆と話がしたいの!」

「おいおい、せっかくの両手に花を取り上げようってのかい? まあ用心棒代わりに置いときな」

「両手に花とはいえ片方は枯れてますけどね」

 私がすましてそう言うと、どっと笑い声がわいた。


 カトリンの頬に手を伸ばして怪我の具合を見る。

 まだうっすらと内出血のがあるけれど、おしろいと食堂の明かりの暗さのお陰で目立たずにすんでいるようだ。

「痛みはどうなの?」

「もう、大丈夫よ。ロッテ婆の薬草の匂いでぐっすり眠れるし」

 そういうと私の手に頬擦りする。


 先日テオがこっそりとカトリンに暴力を奮った相手の事を教えてくれたのを思い出す。

 竪穴で一晩過ごした男は、すっかり萎縮して娼館には顔を出さなくなったようだ。

 どうやら次の日の朝、かなり錯乱していたらしい。

 その話の内容に、私は耳を疑った。



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