527話 煮込みです
「うめえ! うめえよ!」
食堂には鉱夫達の声が響いていた。
ある者は頬を染め、まるで初恋をしたでもいうようにうっとりとした眼差しで、ある者は顔を下げたまま押し黙って頷きながら咀嚼している。
「さあ、どうだい? ロッテ婆さんの特製臓物煮込みは! まだまだおかわりもあるぜ!」
ロルフが景気のいい声を張り上げると、我先にと煮込みが入った皿へと手が伸びた。
鉱山に馴染んできたと言っても、いつもなら一部の鉱夫達に変に緊張されたり睨まれたりするものだけれど、この日は違った。
この間のやらかしもあって鉱夫達との間になんとも言えない気まずさがあったのだけれど、それももう何処吹く風といった感じだ。
煮込みを食べる彼らから敵意や警戒心は感じられず、ただそこにある料理を素直に味わっている。
臭みを極力排除した私の臓物料理は、鉱夫達に絶賛されたのだ。
お腹が満ち足りれば平和が訪れるのねと、ちょっと世界の真理に触れた気持ちになった。
「こりゃいつもの臓物と全く違う。泣き猪の内臓だよな? なんで臭くないんだ?」
「ほんのりレバーのような血の風味がするのがまたおつってもんだ」
「かーっ! こんな料理初めてだ! お貴族様の料理かい?」
臭みを抜き過ぎて鉱夫達には物足りないかと心配したけれどそれも杞憂だったようだ。
念入りに何度も茹でこぼしたお陰で余分な脂と臭みは抜けているけれど、元々、癖の強い肉だ。
雑味が消えて持っている旨味がダイレクトに舌に届く。
何度も火を入れたお陰か、柔らかく筋もとろりと仕上がって、口に入れただけでほぐれていく。
本来なら脂でギトギトのスープに強い塩味の臓物煮が、スッキリとした味わいのある風味に変わったのだから鉱夫らの驚きといったらそれはすごいものだった。
同じ肉でも調理法を変えれば別物になる。
背脂たっぷりのラーメンとフレンチのシチューとでも例えればいいだろうか。
どちらもおいしいものだし優劣を付けるのは愚かしいものだけれど、私のこの料理は彼らに馴染みがない分感動を呼んだのかもしれない。
「いつか俺が街で店を出す時のメニューに使わせてもらっていいか?」
ロルフが空になった鍋を持ち上げながら問いかけてきた。
こんなに早くはけてしまう事は珍しいらしく、是非とも自分のレパートリーに加えたいそうだ。
林檎煮の時も同じような事を言っていたわね。
彼にとって店を出す事はもう決定事項であり、後の問題は資金とメニューなのだろう。
ここで働きながらも頭の中では自分の店をどうするか今から計画立てているのだ。
将来への着実に準備をしている様は、とても頼もしくみえる。
是非、私も出来る限り応援したいものだ。
「良くってよ。ただし!」
私はロルフに詰め寄った。
「下拵えを決して省かないこと! 強い臭みのある料理は男性には良くても女性や子供には辛いものですからね。言っておきますが、あなたの臓物煮込みを否定している訳ではないわ。風味の強い料理が好みの方も大勢いらっしゃいますもの。あっさりもこってりも好きずきというものですわ。私のこの料理はなるだけ誰の口にも合うものを目指しているので、そこを大事にして下さい。工程を雑にすること無く丁寧に作ってもらえるのでしたら、この料理のレシピは、あなたのものですわ」
「ああ、決して!」
そう返事をした彼の目は強い意志を秘めているように見えた。
きっとレシピを大事にしてくれることだろう。
私の作った料理がお店に並ぶなんて名誉なことだわ。
つい口元が緩んでしまう。
「おい! こりゃあ、いいじゃないか!」
鉱山支配人のグンターも珍しく興奮していた。
「いや、貴族の婆さんなんて使いようもないと思ってたんだが、やるじゃねえか! これは宮廷料理のひとつか? これなら伯爵も気に入るだろう。おい、スヴェン、これを山の上に届けるんだ」
名指しされた青年はカチャンッと音を立ててスプーンを皿に落とした。
そうして言われた事を理解すると、今食べかけの料理を食べ切ってしまうかどうするか本人も迷っている。
料理を気に入ってくれたのはいいが、食事中にそんな命令をされるなんて気の毒でならない。
「スヴェーン! すぐだ!」
非情にも食堂にグンターの怒声が響き、その気弱な助手はあたふたと料理人から煮込みの入った壺を受け取ると出ていった。
せっかく料理がおいしく出来たのに、グンターの我儘のせいでケチがついてしまったような気分になった。
私の作った臓物煮込みはアニーにも好評で、おいしそうに食べてくれた。
彼女が口に入れるまで、大丈夫かハラハラしたけれど杞憂に終わって良かった。
グーちゃんも満足そうだし、大勢の人に自分が腕をふるった料理を受け入れてもらえて幸せだ。
そんな多幸感の中、スヴェンのことだけが気になった。
山の上というのは伯爵家の事を指している。
こんな時間に向かわされるなんて横暴もいいとこだわ。
その原因が自分の料理なのだからか、ついソワソワしてしまう。
「しゃうー?」
そんな様子に気がついたのかアニーが私のスカートを握った。
心配そうな瞳で、こちらを見上げている。
その可愛らしさに、ぎゅっと彼女を抱きしめてしまった。




