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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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524話 とめどない憎悪です

 アニカが表舞台で活躍するたびに、裏舞台で暗躍するたびに、少女は黒い石の装身具を通して魔力も正気も持っていかれた。

 少女はアニカという賢者の為の道具として生きるしかなく、部屋を出るところかすっかり衰弱して寝たきりで夢現を彷徨う日々であった。


「早く回復しなさいよ! ああ、もうどんくさいんだから!」


 少女から全てを取り上げたというのに、アニカは気に入らない事があると当たり散らしにきた。

 魔法を使うには魔力が、魔術を使うには正気を使わなければならない。

 自分の身を削るのを嫌ったアニカは、道具の少女の正気を容赦なく使い倒した。

 そして僅かな回復期を置くだけで、自分の野心の為に少女をまた酷使し続けたのだ。


「もっと、もっと魔力と正気があればいいのに。もっと私の身代わりがいたら思い知らせてやれるのに。マナーがなんだっていうのよ。私を見下しやがって。あいつらなんか私の足元にも及ばないくせに」


 アニカは、いつもいつも毒づいていた。

 まるで誰かを憎んでないと、生きていかれないかのように。

 行儀がなっていないとか、身だしなみが相応しくないとかささいな注意をしてくる婦人や使用人、自分にへつらわない令嬢、声を掛けたのに誘いに乗らなかった異性、思い通りにならないもの全てが許せないようだった。

 彼女は、その全てを踏み躙ってしまいたがっていた。


 前世の知識、生まれ持った高い資質、そして自分を助ける神。

 それらが普通の人間には望めない奇跡を行使する力を与えてくれていた。

 だけれど全てに報復しようとするには魔力も人手も金も足りない。

 皮肉な事に、なまじ力を持つ故に使う先を取捨選択しなければならないことが彼女の憤りをより高めさせていた。


「いつか後悔させてやる。私を誰だと思ってるの。あんな奴ら不幸になればいいんだ。忘れたりなんかしてやらない。絶対仕返ししてやる」


 そうしていつも最後には、特定のひとりへの恨み言を口にしていた。


「ああ! あいつ、あいつ、あいつ。全部あいつのせいだ。あいつばっかりずるい。ずるいんだよ、何の苦労もしないでいい生活手に入れて。前だって家族にあんなに大事にされてたのに。こっちは私の世界のはずなのに。絶対、絶対に許さない。絶対、あいつを許さない」


 ブツブツとそう呟きながら、爪を噛んでは歯ぎしりする。

 それはとても病的で、粘着質で無力な少女から何もかも持っていったのに、ちっとも幸せそうには見えなかった。

 賢者という誇らしい称号も、高い魔力への周りからの賞賛も、取り巻き達の甘言も、外見の美しさへの賛美ですらその心を満たしてはいないようだった。


 幼い寝たきりの少女は、この悪辣な相手を見ながら、悪い事をしたら幸せになれないというのは、こういう事なのかと思った。

 なにひとつ満足せず恨みを吐き続けている様は、食べても食べてもみたされない、さながら餓鬼の様である。

 どれだけ神様の目を誤魔化しても、結局は本人に返ってくるのだと。


 じゃあ しあわせじゃない わたしも わるいこなの?

 わるいこだから とじこめられて ひとりなの?


 そう思うと無性に淋しく感じられて、涙が溢れてきた。

 少女のその問に答える者はなく、心を慰めるものもなく、窓から見える景色だけが世界のすべての部屋の中で、横たわり時は過ぎていった。


 そんな日々の中、自分を乗っ取った少女を可愛がる両親を延々と見せられて、すっかり肉親でさえも諦めてしまっていた。



 やさしいひとと わたしをしたってくれるいぬと わらってくらせたらいいのに



 そんな詮無いことを頭に描いては、あきらめる日々。


 そうして、とうとう限界を迎えたのだ。




 それは呪いであったのか、報いであったのかも本人達には分からなかった。

 蜘蛛の女が紡いだ報復の糸が、アニカ・シュヴァルツに届いたのだ。

 ある時から、魂が繋がった2人は、同じ夢を共有した。


 毎夜、知らない場所で、得体の知れない白い子供達と頭の無い白い巨体に追われては、四肢を裂かれ身体を咀嚼される夢にうなされる事になる。


 それはおぞましく忌まわしく醜悪で、狩りをするように追い立てられながら、少しずつ身を齧られていく。

 夢の中でも、かよわい少女はもうひとりのアニカに足蹴にされ囮にされた。

 とはいえ、どちらが先でも結果は同じで、ふたりの少女は同じように丁寧に、時間をかけて、ゆっくりと一晩かけて身を削られ食べられて、正気を削られる事を繰り返した。


 アニカは、見た事がないくらい怒り狂った。

 策を講じ、相手を罠にはめる事はあっても、自分が狙われるとは思っていなかったのだから。

 それは夢の出来事で、現実ではないとしても、道具である少女はどんどんと衰弱していくし、何より自分に手を出されたという事実が許し難い事であったのだ。


 そうして連日の悪夢から逃れる為に何かしらの手段を講じたのか、アニカは色黒の男と怪しげな儀式を行い難を逃れる事に成功した。

 それにはやはり魔力と正気が必要であった。


 元々弱りきった少女が壊れてしまうのに、理由はいらなかった。

 それは必然のようにもみえた。



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