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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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516話 艶事です

 夫人は天と地の区別がつかなくなり、衝立で隠された長椅子(カウチ)に横たわった。

 最初は口づけだけだったのが、何度も交わすうちに身体が熱を帯びてくる。

 若く見目の良い従者と重ねる唇は、婦人を夢見心地にさせた。

 こんな風に情熱的に見つめられる事など夫からされたこともない。

 まるで生娘の様に心が浮き足立っていた。


 酔いも手伝ってか、少しの抵抗をしたもののすぐにその熱に呑まれてしまう。

 溺れるのに、そこ程時間はかからなかった。

 もっと垢抜けたドレスを着ていれば良かったと考えたところで、そのドレスは脱がされて腰まで下ろされた。


 身持ちが固く男性経験の少ない田舎の婦人が、王都の遊び慣れた男に口説かれてどう抗えば良かったのか。

 彼女は馬鹿馬鹿しいほど簡単に堕ちてしまった。

 その有様に、アニカは途中から欠伸をしていた程だ。

 楽しかったのは、言い訳を口にしながら夫人が抵抗している最初のうちだけであった。

 それも長くは続かず、あっさりと夫人は体を許してしまった。


 お堅い貴婦人も一皮剥けば娼婦と同じ。

 その先は見物に値する程の価値はない。

 絶世の美男美女ならともかく、その辺の男女の営みなど眺めていても仕方がない。

「ああ、つまんない」

 少女はそう呟くと、男女の愛欲で煙る夜会からさっさと引き上げてしまった。



 目を覚ました夫人が最初に囚われたのは、襲いかかる罪悪感。

 相手の従僕は既に退席していて、彼女はひとりで長椅子で眠っていたのだ。

 そして湧き上がる背徳感と心細さ。


 露わになった胸を隠しつつうろたえていると、それに気付いた使用人が夫人が何を言うまでもなくコルセットを拾い上げ夫人の体に纏わせると紐を引っ張り体形を整えてくれる。

 そうして乱れた髪をさっと直して、ドレスを着るのを手伝うと無言のまま下がってしまった。

 そこに残されたのは何事もなかったかのようなひとりの貴婦人。


 その魔法の様な手腕にあっけにとられながらも考える。

 少女が言った通り、こんな事は普通で誰しもがやっているからこそ使用人達も手慣れているのだ。

 そう思えば何のことはない。

 王都ではこれが当たり前なのだ。

 夫人は自身の行動を正当化する為に、そう自分に言い聞かせて自分自身を騙してみせた。


 テーブルの上には、一輪の薔薇が置かれていた。

 そう、あの従僕が置いていったのだ。

 なんてロマンチックなのだろうと夫人はうっとりとした。

 流行りの恋愛小説の主人公になったような気分だった。

 少女の付き添いであったことも忘れ、ひとりの女性として自分に今宵起きた事に酔いしれた。

 見目良い男性と睦言を交わし合いながら、お互いの体を貪る事のなんと甘美な事か。


 恋の鞘当ても知らず嫁いだ彼女は、その罪の味に酔いながら肉欲に溺れきっていた。



  そうして貞淑な妻では無くなってしまったの。

  でも私は幸せだったわ。

  それまでの人生では考えられなかった華やかな生活を送れたのだもの。

  私はより美しく装う為に化粧品を買い、ドレスを新調した。

  遅咲きだとしても女として花開きそれを楽しんだわ。

  それが悪い事だなんて思ったりしない。

  私はそれでしあわせだったのだもの。

  アニカ様は、私に本当の幸せを教えてくれたの。



「では、あなたが許しを願ったのは何故なの?」

 シャルロッテは、その愚かな女性にそう聞かずにはいられなかった。

 アニカの女衒の様な行為も、夫人にとってはそうではないのだ。

 なんと愚かしく憐れなのだろう。

 いや、本人は自分自身が憐れであるとなど思ってもいないのだ。

 幸せだったのなら、謝る必要はないではないか。

 それなのに夫人は夢の中で何度も何度も謝罪していたのを思い出していた。



  ああ、それはね

  わたくしがおろかだったの


  王都の皆様方に合わせる為にお金を使い過ぎたのね。

  新しい鉱石が発掘されたといっても、まだまだ事業は始まったばかりで、こともあろうかわたくしは愛しい従僕を領地に連れ帰ってしまったのだもの。

  そうして王都にいた時のように「普通」に過ごしていたのだもの。

  主人が怒るのは仕方なかったと今ならわかるわ。


  おろかしいわたくしは

  恐ろしい恐ろしいあの光の元に追いやられて

  その恐ろしさで

  ようやっと自分がいけないことをしたのだとわかったの


  だから

  だしてくれるように


  あれからにげだしたくて


  わたくしは


  なんども


  なんども


  なんども



 段々と夫人の口調が怪しくなって、要領を得なくなっていく。

 それと連動するかのように、集まっていた黒い霧の様なものが女性の形から解けて宙を漂い出していた。

 彼女を人としてたらしめたモノは何なのだろうとシャルロッテは考える。


 貴族としての沽券?

 貴婦人としての矜持?


 いや、そんなもの欠片も夫人は必要としていないのだ。

 そういう事ではないのだ。

 彼女が人らしくあれるのはアニカ・シュヴァルツへの思いのみなのだ。

 夫人を貶めた少女への思いだけが、こう成ってしまった女性を一時だけ人とたらしめたのだ。

 誘惑に負けた夫人が悪いのか、誘った少女が悪いのか、それとも2人ともに罪であったのか。

 幸せそうに語った夫人の残滓を前に、シャルロッテは困惑していた。




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