53話 友達です
偽儀式の日取りは結局、王子と祭司長と詩人の3人の予定が合う日になった。
3人とも絶対に参加したいと凄い意気込みである。
儀式というポーズをとるだけなのに皆やる気を見せている。
王子は儀式に関係ない様な気がするので、無理に出ないでいいですよと伝えたら「衣装提供は私なので出る権利はある」と何故かあさってな言葉が返ってきた。
そもそも衣装なんて教会の修道服のお古を貸してもらおうと思っていたのに、こぞって反対され結局王子が用意してくれる事になったのだ。
王子は母と何やら話し合い、光の速さでエーベルハルト領からデザイナーのアデリナを召喚してしまった。
王都のデザイナーを重用しているのかと思ったが、王子が茶会の私のドレスを気に入っていたのと私の体の型紙をすぐ用意できるのが決め手であったようだ。
王子直々の注文を受けてアデリナは感激しながら王都へ向かう馬車の中でデザインに取り掛かったという。
あの揺れる馬車の中でデザインとは思い描くだけで気分が悪くなった。
こんな大仕事はなかなか無いだろうが、納品期日が短いのが気の毒である。
せっかくなら時間をかけたかっただろうに、移動中まで仕事しなければならないとは。
ほどなくしてネルケの教会から前に購入したものと同じものが王宮に届いた。
前のものはハイデマリーにあげたので、新しく取り寄せてクロちゃんの毛を付け直したのだ。
「お揃いですね」
そういって微笑むハイデマリーは銀細工の様に美しい。
偽儀式の当日までは王宮で聖堂にいるハイデマリーを見舞う毎日であった。
聖女への面会申し込みは殺到していたが、儀式があるので禊中であると断ってみたら意外にもぱたりとおとなしくなってくれたのだ。
なんでも言ってみるもので、やはり黒山羊様への信仰はとても篤い様だ。
ハイデマリーは憔悴しているものの、儀礼のために体力をつけないといけないという私の言葉を信じてあれからきちんと食事もとってくれている。
たまに私があーんをしてあげてもいる。これは譲れない事なのだ。
あの後、聖堂に両親を呼んで、きちんと話あったそうだ。
何故言わなかったと叱咤され、彼女に起こった理不尽な出来事に対して憤り、その上で抱きしめられて無事を泣かれたという。なんとも不器用なレーヴライン侯爵らしい。
幼少から厳しく躾けられたせいで自分の価値を完璧な令嬢であることしか見いだせなかったハイデマリー。
だが今回の事で両親が心底心配しているのがわかって、親に愛されていると実感したという。
この一件で彼女にとってそれが伝わったのは僥倖である。悪い事ばかりではなかったのが救いだ。
それを思うと胸が熱くなりぎゅっと彼女を抱きしめてしまった。
見舞いの日々で特筆すべきは、とても恥ずかしそうに背が高いのが恥ずかしいと本音を漏らしてくれた事である。
そんな話を聞かされると、心を許してくれたようでくすぐったくも嬉しく感じた。
「王子は年下ですし、私の方がだいぶ背が高くてダンスの時には無理してリードして下さったのですわ。それであなたと踊っているところを見て、とても素敵なダンスで釣り合いのとれた様を見ていたら自分がどうしようもなく惨めになってしまって、感情が抑えられなくなって……」
なるほど、それで手を出してしまったということか。
そもそも高慢の種の影響は昼間は若干弱くなるらしい。
昼はまだ感情を制御出来ると思って茶会に参加したそうだ。
私は彼女の一番気にしていた部分をピンポイントに捉えた訳だ。運がいいのか悪いのか。
「ハイデマリーの年齢だと同じ年でも女性の方が背が高くて当たり前なのです。生物として女性の方が早く大人になるよう出来てるのですから。社交界に出る頃にはすっかり男性を見上げることになっていますわ。だから今のうちに彼らのつむじを眺める特権は生かさないと」
「つむじをですか?」
「なかなか見る機会がないものだと思いませんか?」
顔を見合わせてクスクス笑う。
貴族という他の子供と関わらない生活をしていたので、毎日女の子とおしゃべり出来るのがうれしい。
話をすればするほど真面目で立派な少女なのがわかる。
「王太子殿下の婚約者になれば、両親が認めてくれると思っていたのです。実際には大事にされていたのに私はそれに気付かなくて……。王太子殿下の事は好きでしたが、こうなって振り返ってみると私に立場をくれるものに固執していただけなのかもしれません」
時間だけが余りある人の出入りの少ない大聖堂の生活で、彼女なりにいろいろと考えることがあったようだ。
「今回この様なことをしでかしてしまって、修道女になろうと思っているのです。両親もそれが私の幸せならば反対しないといってくれて……」
確かに彼女が修道女になればいろいろと事は収まるだろう。
わかりやすい目に見えた贖罪である。
「それはいけません! これからあなたにはいろいろなことが待っているのに修道女になるのは素晴らしいことかもしれませんが、もったいないです! 人生を味わい尽くして飽きたら教会の門を叩けばいいと思いませんか?」
つい全力で止めてしまった。
今でさえこんなにきれいなのに大人になったらどんなすごい美女になるか、そして着飾ったところを見てみたい。
そんなよこしまな思いで全力で止めてしまった。
それでなくとも中学に上がるか上がらないくらいの少女が尼になりたいと言ったら、誰でも止めるだろう。
青春も恋もなく出家するなんて本当にもったいない話である。
「そんなもったいないこと私許しませんわ」
ぷりぷりと怒る私にハイデマリーは気圧されてしまったようで、もう一度考えてみるといってくれた。
偽儀式当日、王子が用意したのは白いドレスである。
宗教儀式に着用するので白か黒しか色の選択がないのはわかるが、裾の長いロングトレーンのドレスで後ろを引きずるタイプである。
子供なのでこんなに丈の長いドレスを着たのは初めてだ。聖女に年齢は関係ないということなのだろうか。
確かに膝丈スカートでこの様な場に立っても子供っぽすぎるのはわかるのだが……。
つい、花嫁衣装かと突っ込みをいれるところだった。
もちろん黒山羊様の像までのエスコートも王子が務めるのだ。
どう見ても結婚式な気がするのだけれど?
王子は王族の庇護の元、聖女が聖堂にて祈りを捧げる構図なのだと主張していたが、その実ナハディガルへの当てつけではないかと思っている。
ここ数日で王子も前より物をはっきり言うようになった。
いい傾向であるだろうが、詩人とのマウントの取り合いはチョット見苦しい。
クロちゃんにも入念にブラッシングをして輝くほどに美しい仔山羊に仕上げて抜かりなし。
さあ、偽儀式の始まりだ。




