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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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513話 夫人と賢者です

 その声は賢者への賞賛に溢れていた。


  そうしてアニカ様は、新しい鉱脈を見つけてくださったの。

  ああ、あの時の主人の喜びようといったら。

  わたくしとの結婚式よりもうれしそうだったんですわ。

  でも長年の主人の苦悩と努力を知っていますもの、それはしようのないこと。

  お陰でわたくし達の領地は持ち直したし、私は付き添い人(シャペロン)としてアニカ様について王都に出る事になったのよ。

  わたくしが賢者様の!



 影の塊なので表情は見えないけれど、声が上ずって彼女の意識の高揚が伝わってくる。

 かなりの栄誉な事であったようだ。

 令嬢が出掛けるには、付き添い人が必要だものね。

 その割に、今はアニカに付いている婦人を見かけないけれど、彼女が意外にお目付け役を置くのが面倒くさくなったのかしら?

 今は傍若無人な賢者も、昔はまだマシな振る舞いをしていたというし、猫を被ってた頃の話だと思えばおかしくはない。


 影は少しの間、遠くを見るように顔を上げて押し黙った。

 何かを反芻するように、揃えた指を口元に当てながら自分だけの宝物を思い浮かべるような仕草をしていた。


 彼女は思い出していた。

 深く自分の意識の底に横たわる記憶を。

 夢の様なその日々を。

 そうして独り言のように語り出す。


「奥様、王都へ行くのよ」

 少女は座る夫人の膝に、甘い声を出しながら抱きついた。

 名前や爵位を覚えるのが面倒なのか、ある程度の年齢の婦人に対して「奥様」と呼び掛けるのが常であった。

 或いは間違えて学習してしまったのかもしれない。

 やんわりと注意される事もあったが、賢者の称号を持つ彼女に強く出る人物もおらず、あまり改善は見当たらなかった。

 その振る舞いや言葉は礼儀正しいとは言えないけれど、子供なのだもの。

 そう夫人は自分に言い聞かせて、自分とその他大勢の婦人達といっしょくたにされている事実から目を背けていた。


 茶色の髪は艶やかで柔らかく、まつ毛が縁取る大きな緑の瞳がこちらを覗く。

 体温の高い温かな手が、自分の冷たい疲れた手を包む。

 そうすると、その愛らしさに貴族らしからぬところも気にならなくなってしまうのだ。

 きっと心を許してくれているから、気を遣わず素のままで接してくれているのだと、そう思わずにいられなかった。

 私はこの子の特別。

 ああ、自分も子供に恵まれていたならこんな風に日々を過ごしたのかしら。

 自分が歩まなかった道を思い描く。

 胸の奥に穏やかな気持ちと、庇護欲がわいてでる。

 夫人はそんな感情を味わいながら、愛らしい少女の頭を撫でた。


「ええ、仰せのままにアニカ様」


 彼女達の関係は、まるでシュピネ村でのドリスと私のように聞こえた。

 夫人から語られる話は慈愛と尊敬に満ちている。

 ただし、アニカがどう感じていたかは、本人以外誰にもわからない事だ。



  王都へ出た私は新しく産出した水晶とアニカ様の喧伝に夢中になったわ。

  主人は鉱山の資金繰りもあって、領地をやすやすとは出る事は出来なかったので、彼は置いて行ったの。


  初めてのひとりでの遠出。

  今までずっと一緒にいたのだから離れる不安もあったけれど、恩人のたっての希望を断る訳にはいかないもの。

  鉱脈の発見の謝礼として求められたのは水晶の売上の幾許かで、こちらが恐縮するほどで、きっとこの領地の事を考えての采配であったに違いないわ。


  その慈悲にわたくし達夫婦が、どれだけ恩義を感じたかわかって?

  生まれ変わる領地を前に、足踏み等してられなかったわ。

  それに子供の頃、憧れた王都での生活への期待も手伝って、主人を置いていく後ろめたさはすぐに消えたの。

  だって、夜会で新しい水晶を片手にアニカ様の素晴らしさを語れば、皆が私に視線を向けてくれたのだもの。


  田舎貴族の私が!

  王都の人々に注目されたの!



 声は歓喜の色を帯び大きくなる。

 今まで望んでも手に入らなかった賞賛、羨望の眼差しを手に入れたのだ。

 わからない訳でもない。

 私自身、手に入れた侯爵令嬢の身分のお陰で出来なかった事が出来るようになった時の昂りを経験している。

 ただ、それに酔いしれる事が危険を孕んでいることもわかっていた。


 だが、伯爵夫人はソレにどっぷりと身を浸してしまった。

 仕方の無い事だったのかもしれない。

 都会に憧れた人間が、虚飾に呑まれてしまう話なんて掃いて捨てるほどあるのだ。

 それが悲劇を生んだのだ。


 領地の事を考え、水晶の宣伝に勤しんでさえいれば良かったのに、賢者の付き添い人として保護者として忠実にそれに専念していれば良かったのに。



「ねえ、奥様。新しいドレスを作りましょう?」

 賢者の付き添い人として、同じドレスで夜会に出て恥をかかせてはいけない。

 乞われるままに新しい衣装を揃え、装身具も誂える。

 新しい水晶の売り込みなのだから、これは必要経費なのだと思えば散財の罪悪感も無くなってしまう。


 アニカ・シュヴァルツは幼くあどけない顔をしながら、伯爵夫人を堕としたのだ。




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