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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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512話 ふたたびの夢です

  ねえ あなた ほら

  こちらへ きて 



 眩い光の中で声を掛けられる。

 光が溢れてキラキラと瞬いている。

 とても美しい空間。

 ああ、これは夢だ。

「あなたね」

 私は、わかった上でそう声をかける。



  ええ わたくし

  わたくしよ



 それは高い金属をこするような音と共に耳に届く声。

 祈りにも似た歌のようにもとれるそれは、心地好くもどこか不穏さを内包している。

 朧水晶が歌うと言われるのは、きっとこの夢が由来なのだろう。



  こちらへきて

  ほら

  いらっしゃい


  ねえ いっしょに 

  うつくしいものになりましょう



 ゆらりと光が揺れる。

「こちらとはどこなの? あなたはどこにいるの?」



  ここは うつくしいばしょ

  まばゆく ひかりかがやくの

  とてもうるわしい


 私は溜め息をついた。

 全く、この夢の人は要領を得ない。

 でも前回は、少し身の上話をしてくれたのよね。


「美しいとか綺麗とかの話じゃなくて、貴女の話を聞きたいわ」



  まあ

  あきれたかた

  こんなにうつくしいものよりも

  わたくしのはなし

  そんなもの ききたいなんて



「この間も聞かせて下さったでしょう?貴女に何が起きたのか聞きたいの」



  わたくし

  わたくしにおきたこと

  わたくしはひかりになったの

  かがやくものになったの



「そうではなくて、人間だった時の話よ」



  ああ

  そんなはなし したわね

  つまらないはなし ほしがるなんて

  なんて あきれたお方


 そう呟くと、前回と同じ様にそれは闇を凝縮したような人型を作った。

 そうして、たどたどしい口調から流暢な婦人の口調へと変化していく。



  なにから話しましょうか。

  そう、私の夫の話はしましたわね。

  私に何が起こったか。

  それを知りたいとおっしゃるの?

  私の罪を知りたいとおっしゃるの?

  それを語るにはひとりの少女との出会いから話さねばなりません。



 そう言うと、ゆっくりと語り出した。

 女性とは、お喋り好きである。

 この正体不明の何者かも、例に漏れずそのひとりであるようであった。

 彼女は何か分からない霞のような存在でありながら、人としての意識もありその両方を行ったり来たりしている曖昧なモノらしい。

 その二面性は特に反発することなく、どちらも彼女自身なのだろう。

 そんな存在になっても自分の事を語るとなると、饒舌になるようだ。


 その語りに耳を傾けていると、意外と言えばいいのか当然と言うべきか戸惑う事になった。

 彼女の話はよくあるメロドラマのような甘ったるい内容であったが、その物語にはひとりの少女が大きく関わっていた。


 貧乏貴族の夫を持つ彼女は、慎ましやかに生活を守っていた。

 金策に走る夫、凡庸な妻にはそれを手伝う術はなく、家を整え刺繍に励み家事に勤しむ事しか出来なかった。

 そんなところに、従者を連れた少女が予告もなく現れる。

 それは雲一つない晴れた日で、扉の前に立つ子供がひどく小さく見えたという。

 背の高い従者は顔まで隠れるローブを纏って、静かに付き従っていた。

 そうして、事もあろうに、鉱脈が枯れた廃坑の見学をさせてくれと申し出たのだ。


 この領の失策である証の廃坑。

 それを見せろというのは一種の屈辱でもあった。

 眠っている鉱脈がある可能性は、何度にも渡る調査でないことはわかっていたし、例えあったとしても子供に見つける事などは出来ないことは自明の理であった。


 しかもその少女は男爵令嬢であり、伯爵位であるこの家よりも身分は低かった。

 そんな不躾で馬鹿らしい申し出を断るのは簡単な話であったはずだか、そうは出来ない理由もあった。

 何故ならば、その少女は貴族位をしのぐ賢者の称号を持つ者だったのだから。


「その少女の名前はアニカ・シュヴァルツね」


 私は多少うんざりしたようにそう口にした。

 どうしたって付きまとう名前だ。

 私の言葉に、彼女は嬉しそうに返事をした。



  そう、そうね、アニカ様よ。

  ああ、名前を口にするのはいつぶりかしら。

  可愛らしいアニカ様。

  何故、私はわすれていたのかしら。

  そう、その少女はアニカ様。

  子供のいないわたくしには、眩しい方だったわ。


  揺れる茶色の髪、私を覗く緑の瞳。

  高貴な方だと思ったわ。

  だって、あの方によく似たお顔なのだもの。


「あの方?」

 シュヴァルツ男爵夫妻とアニカはあまり似ていない。

 強いて言うなら髪と瞳は男爵譲りだろうか。

 どこの誰に似ているのだろうかと考えたところで、妙な違和感が生まれたけれどそれが何なのかわからなかった。



  誰って、あの方よ、高貴な方。

  わたくしも子供の頃に見たきりだったけど、覚えていたわ。

  だってあの時は、国中が大騒ぎしたもの。

  あの方の浪漫溢れるお話に、女性達はうっとりしたものだわ。

  でもアニカ様の無邪気な笑顔は、それ以上に私を虜にしたの。

  可愛らしい私のアニカ様。



 うっとりとするように、ため息を交えながらそう呟く。

 彼女はアニカに夢中なようだ。

 いつも意地悪そうな笑顔か、嘘泣きをしている顔しか知らない私は、一体アニカ・シュヴァルツの何がそんなにいいのかわからない。

 大人の前だと、可愛く振舞っているのかしら?

 ともかくアニカが訪れた廃坑というならば、この土地だ。

 となれば今、話をしている貴婦人はオイゲンゾルガー伯爵夫人ということになる。

 何故そんな身分の女性が、こんな存在になってしまっているのか。

 そうして私は彼女がこう成ってしまった理由を知る事になる。




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