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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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510話 小さな勝利です

 小さな肩をぎゅっと抱きしめたまま、私は顔を上げて男を睨みつけた。

「謝んなさい!! 悪い事をしたら謝れって親に言われた事はないの!? ほら! さっさと、謝りなさいよ!!!」

「う……、悪かったよ……」

 端切れの悪そうに男はそう謝罪を漏らした。


「大体何なの!? こんな小さな子をからかって、何が楽しいって言うの!! 周りのあんた達も見てたなら止めなさいよ!!」

 冷静になりたいけれど、怒りと叫んだ興奮からか止まらない。

 もうこうなると、周りに当たり散らしているようなものだ。

 感情のままにガミガミと文句をいう私から、鉱夫達はバツの悪そうに眼を反らした。


「おいおい、お前ら、子供相手に粋がってもしょうがないだろ。弱い者いじめするような歳じゃないんだから」

 あっけにとられていたロルフが、正気を取り戻すと間に割って入ってきた。

 勢いに任せて怒鳴ってしまったものの、この後どうしていいかわからなかったので、仲裁してもらえるのはありがたい。

 ロルフに諫められた男達は、微妙な雰囲気の中、すごすごと食堂の奥の方へと移動していった。

「ロッテ婆さんも、年甲斐もなくそんなに怒ったらぽっくり逝っちまうぞ」

 そういって私からザルを取り上げると、ポンポンと埃を払う仕草をした。


「ごめんなさい。調理器具で人を叩くなんて良くなかったわ」

 なるだけ冷静に見えるように声を抑えて言う私に、ロルフはニヤリと笑ってみせた。

「いやいや。上品に見えてやるじゃないか。鉱夫達と付き合うならそれくらいが丁度いい。奴らも母ちゃんに怒られたみたいじゃないか。男は母親に弱いもんだからな」

 私に怒鳴られて肩を落とした男は、確かに悪戯をとがめられた子供のようである。

 逆切れされて、殴られたりしなくて良かったけれど自分の無謀さに呆れもした。


 いつの間にか食堂には結構な人数が集まっている。

 貴族らしからぬ言動に狼狽える私に、ロルフが夕食の入った籠を押し付けた。

「今日は元々朝から様子がおかしかったからな。これをもってとっとと帰りな。配達も俺がやっとくから」

「でも……」

 元々、私を早上がりさせる気だったようで、夕食の準備を籠にセットしてくれていたようだ。


 ありがたい。

 私は、その厚意を受け入れると挨拶もそこそこにアニーを抱き上げて、早足で食堂を出た。

 もう外は黄昏ていて、冷たい風に変わっている。

 私の心臓はバクバクと鼓動を打ち鳴らし、体に巡る血で体温が上がっていた。

 興奮冷めやらぬとはこの事で、先程の自分の行動に気分が高揚して手と足が震えていた。


 やってしまった。

 いや、やってやったのだ。

 そんな妙な達成感が湧いていた。

 前世では、こんな自分の衝動に素直に行動した事はなかった。

 目立たず大人しく、争い事に巻き込まれないように自分を言いくるめていた。

 何時でも不満や不服があってもブレーキをかけるように抑制し、自分の気持ちに蓋をしていた。

 そうして緩やかに自分の首を絞めるように息苦しい人生を送った結果、感情は鈍化し摩耗し疲れ果ててしまったのだ。


 それが、今は違う。

 衝動的に行動するのは良くないかもしれないけれど、間違った事をちゃんと自分の行動で指摘出来たのだ。

 まあ、ザルをぶつける必要があったかと言われたらアレなのだけど。

 相手が暴力で反撃しなかったのは運が良かっただけかもしれないけれど、したくても出来なかった事を成したというのは私に解放感を与えてくれた。

 今までも不正や納得出来ないことを指摘したり糾弾したりした事はあったが、それは侯爵令嬢という身分がさせた事だ。

 いつも味方がいて、安全な場所だからこそ出来たことだ。


 ひとりの何も持たないこの状況で声を上げる事が出来たのは、前世の自分ではやりたくても出来ない事だった。

 感情のまま行動する。

 ささやかで浅はかで他の人から見ればつまらない事かもしれないけれど、私はひとつ殻を破ったような気持ちになっていた。


 それでもザルで叩くのは良くなかったわね。


 少し風に当たって頭を冷やす。

 物陰に目を走らせると、ボロ布に身を包んだグーちゃんがこちらに手を上げて存在を知らせてくれた。

 やはり、アニーについていてくれたのだ。

 ひとりで出歩いていた訳でなくて安心したけれど、質の悪い鉱夫達とばったり会ったりしないように気を付けなければね。

 アニーの精神が快方に向かうのは歓迎であるが、荒くれの鉱夫に絡まれるのはいい事ではない。

 こんな事が何度も起きたら、私が寝込んでしまいそう。


 小屋に帰って食事を終えるとアニーも落ち着いたようで、そっとグーちゃんに飴をひとつ渡して2人で顔を見合わせて笑いながら舐めていた。

 この子はこの子で小さな戦いをしたのだ。

 大きな体の鉱夫を思えば、決して小さくないとも言える。

 あの飴は戦利品ね。



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