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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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509話 怒りです

 可愛らしいその悩みに助け舟を出す。

「この方はロルフさん。いつもおいしいごはんを作って下さる人よ」

 私の言葉にアニーはハッとしたような顔になった。

 ロルフの料理を、大層気に入っているものね。

「ごあん! あいあと!」

 その拙い感謝の言葉に、ロルフの顔がほころんだ。


「キャンディはひとつだけいただきましょうか? ごはんの前ですものね」

 アニーは私の言葉にコクコクと頷き返した後、戸惑うように食堂の入口の方へ顔を向けてぽつりと呟いた。

「……。ぐーちゃの」

 ロルフは彼女の言葉が分からずに首を捻っているが、アニーがグーちゃんの分も欲しがっているのは明らかだ。

 優しい子ね。

「じゃあ、2つにしましょうか」

「あい!」

 大人2人でアニーが缶から、飴をそっと取り出すのを見守る。

 すぐさま口にするかと思いきや、どうやらグーちゃんと一緒に食べたいようだ。

 ぎゅっと小さな右手に握りこんで食べたいのを我慢している様が、なんだか可愛くて微笑ましい。

 取り出しただけで手に握って食べようとしないのを見ると、ロルフは蝋引きの紙を小さく破り飴が溶けないように包んでくれた。


「せっかくここまで来たんなら、夕飯はこっちで食ってくか?」

 ロルフが気を利かしてそう言ってくれたけれど、グーちゃんが待っているのよね。

「ロルフさんの料理はゆっくりのんびりいただきたいから、いつも通りにしますわ。こちらだと落ち着きませんもの。私の仕事が終わるまで、こちらにこの子がいる事をお許し下さる?」

「許さない訳がないさ」

 私の勿体付けた言い回しがおかしかったのか、ロルフは声を立てて笑った。


「釜戸の火は危ないから、椅子に座っていてね」

 この時代の調理場ときたら、子供にとって危ないものだらけだ。

 包丁をはじめ刃物はよく研がれて剥き出しであるし、調理器具は重く頭でもぶつけたら大変である。

 食卓と調理場を分ける大きな作業台の向こう側に椅子を置いて、アニーにはそこで座っていてもらうことにした。

 退屈するかと思いきや、彼女はロルフと私の動きを目で追ったり、炉の踊る火を飽きずに眺めたりと楽しそうに過ごしている。


 興味津々ね。

 私もエーベルハルトの調理室で、こんな風に大人達から見られていたのかしら。

 もっと小さいうちから出入りしていたので料理人達には要らぬ心配と気苦労をかけたかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。

 それでも料理している所を見るのは、やめられないのよねえ。

 野菜や肉が包丁で形を変えて、鍋の中で加熱され味をまとっていくのはある種の魔法のようだもの。

 そんな事を考える自分自身に呆れながらも、アニーのお陰かあのゴミ捨て場の件を忘れて調理を手伝う事に勤しめた。


 そうして粗方料理も終わり、今夜のワインにスパイスをどれくらい入れるかロルフに話しを振られていた時にそれは起こった。

 腹を空かせた新人鉱夫達が、早目に食堂にやってきたのだ。

 鉱夫達の邪魔にならないように、こちらの隅にアニーを座らせようかしらと考えながらもロルフに返事をする。

 そうしてほんの少し目を話した隙に、彼らのひとりがアニーの体を持ち上げてからかい出したのだ。


「あなたが貴族の捨てられた嬢ちゃんでちゅかー? 生意気にアクセサリーなんか付けて、良いご身分でちゅねえ」

 そんな言葉をニヤニヤと笑いながら、アニーへ向けている。

 仲間の鉱夫も見世物のようにそれを見ている。

「言葉は、わかりまちゅか~?」

「ハッ! 頭がいかれてんだろ。わかるはずないだろ」

「お、なんか右手に持ってるぞ」

 そんな侮蔑を受けながら幼い少女は、急な事に体を強ばらせて為す術なく揺さぶられながらも飴を握り込んだ右手を空に挙げてとられまいとした。

 咄嗟の事で一瞬何が起こっているか分からなかったが、理解した瞬間、私の中に怒りが止めようもなく溢れる。


「うちの子に、なにやってんのよ!!」

 そう怒鳴り声を上げ、私は近場にあった大きなザルを手にとって作業台を回り込んで男の頭にバシンッと叩きつけた。

 躰の大きい鉱夫の服を、つかんで引っ張りながら見上げて叫ぶ。

「いい歳したおっさんが! やっていい事と悪い事もわかんないの!!」

 こんな小柄な老女がそんな事をしても、何の効果もないかもしれないけれど、私は怒らずにはいられなかった。

 バシンッバシンッと男にザルをぶつける。

「ほら! さっさとこの子を降ろしなさい!!」

 終ぞ出したことの無いあらん限りの声を上げて叫ぶと、私は肩で息をした。


 そこにいた誰もが私の剣幕に驚いていた。

 暑い。

 きっと顔が真っ赤になっているのだろう。

 私自身、自分の行動にびっくりしたし、この生を受けてこの方していなかった庶民的な言葉遣いで叫んだことにも驚いた。

「……、おっ、おうっ……」

 あっけにとられた男が、そろそろとアニーを降ろす。

 すぐに彼女は私に抱き着いて、ようやく安心したかのように声を上げて泣きだした。



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