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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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501話 変化です

 少年は眠り続けた。

 堅い床の上で、腹の中の肉が自分の一部になっていくのを遠くで感じながら、まどろんでいた。

 ガチャガチャッ

 玄関が開かれる音がする。

 ドカドカと無遠慮な足音が家の中に響く。

 そうして暗闇の中、長く動く事がなかった扉が開けられた。


 薄目を開けるとそれは村人達だった。

 先頭にいたのは雇っている家政婦で、

 さすがに父親も自分の姿も見えないとあって心配できたのか、それとも父の振る舞いへの苦情に来たのかとぼんやりと考える。


 村人は吊り下げられた縄に掛けられている死体を見て声を上げて嘆いた。

 この悲劇に対する嘆息かと思えば、それは全く違うものだった。


「ああ、父親は駄目だったでしなあ。あの神狂いなら良い屍食鬼(グール)になっただろうに」

「こりゃほとんど人のままだなあ。お堅い聖教師様には刺激が強すぎてほとんど読まなかったようでしな。まあ、これはこれでご馳走になっていいだし」

「こっちのチビは、どうやら無事に成ったようだし。今も本を抱えてるとこをみると相当魅入られたんだしなあ」

「母親が逃げたのが残念でし。素早かっただしなあ」


 うんうんとお互いに頷きながら、王都の人間からしたら間抜けにも思えるひどい田舎訛りで人々は語り合っていた。


「大人しく宣教だけしていればよかっただしなあ」

「よりによって経典を持っていくなんて、おら達でも恐れ多いことだし」

「こいつらにゃわかんねえだ」

「屍食鬼になるにしても、おら達みたいにゆっくりなるのがええだすな」

「急に人でなくなるのは酷というものだし」


 わいわいと世間話をするように楽しく話をしながら、皆で吊り下がった聖教師からナイフで少しずつ肉を薄く削ぎ落としそれを口に運ぶ。

 楽し気にしている彼らの様子は、まるでお祭りの肉料理を囲む会のようである。


「ああ、きつい味だすなあ」

「性格が味に出てるだし」

「久しぶりの新鮮なグールのご飯だし。村の皆にも分けないと駄目でしよ。味見もほどほどにしやんとな」


 そうして聖教師の残骸は、村の皆の腹の中に納まる事になった。

 そんなやり取りを床の上に横たわったまま、夢現で子供は聞いていた。


 次に子供が目を開けた時、そこは檻の中であった。

 それも古びて錆びた使い古しという言葉がびったりの檻である。

 ぼんやりとした頭のまま村人から教育という名の説明を聞かされた。

 村人といっても人と同じなのは服装くらいで顔はくたびれた犬の様で手には鉤爪がついた異形であった。

 わしらの村では~と、彼らが言うのだから村人であるのだと少年は判断していた。


 少年は曇った鏡を突きつけられて、その中に毛を剃った犬の様ななんとも言い難い生き物を見た。

 それはそこにいた村人らと変わらぬ姿で、こちらを見ていた。

 自分と同じ方向へ顔を傾け、同じように瞬きをし、同じように息を吐いていた。


 あの本は屍食教の聖典であり、人を屍食鬼と呼ばれる生き物に導くモノであるという。

 そうして繁殖以外でも屍食鬼の仲間を増やす事が出来るのだという。

 人が屍食鬼となるには長年寝食を共にし彼らの糧を食す事であったり、遠い祖先が屍食鬼でありその因子を持っている者と屍食鬼が接触する事で変化をもたらしたりといくつかのアプローチがあるとのことだ。

 この聖典は主に伴侶が人間であったり、屍食鬼の数が極端に減ってしまった等、早急に変化を求められる時に使われる物とのことである。

 数頁見るだけでも影響するそれを、何時間も掛けて理解しようとした結果、少年はもう既に屍食鬼になってしまったのだと教えられた。


 この村の人間は昔から皆、屍食鬼の一族であり生まれた時は人と変わらない容貌であるのが、加齢により屍食鬼の外見へと変化していくという。

 そうして完全に屍食鬼へ変貌し終わると、他所の人間からの迫害を避ける為に村で管理している洞窟へ移動してそちらで生活をするそうだ。

 異形の姿は獣人がいた頃は彼らに紛れて表舞台で活動をする事も出来たが、人の死体を食べるという習慣が獣人のものと誤解され差別につながり問題は悪化していった。

 結果、獣人達はこの国を去り残された屍食鬼は日陰で生きる事となる。


 子供はその柔軟さで自分が今までとは違うということを受け入れることは出来たが、父親を食べたという事実を受け入れる事が出来なかった。

 あの味も、おいしさも忘れようもなかったけれど、それはいけない事だと幼い心が、短い人生で培った倫理観が身の内で叫んでいた。

 そうして彼は、人を口にする事を拒否する事になる。


 子供が取り乱したり暴れたりしない事を確認すると、村人達は屍食鬼が住むという洞窟へ子供を連れて行った。

 柔らかい寝台も、窓掛も、そこにはなにもなかった。

 だけれど、走り回れる自然があり、虫や獣を何時間も眺めていても飽きず叱られることもなく、そこにはすべてがあった。

 堅苦しい説法も折檻も無く、皮肉なことにこうなってやっと心のままに過ごす自由を初めて手に入れたと言っても良かった。




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