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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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499話 暴挙です

 聖教師は乗り込んだ村の一軒家にある祭壇の前で声高に地母神の教えを唱え場を清め、彼らをあらん限りに罵った。

 それは左遷された恨みや、自身が見て見ぬふりをしている劣等感などが綯い交ぜになった失望、落胆、欲求不満を自分より下である村人で晴らしたに過ぎない。

 結局は地母神教の名を使い、個人的な鬱憤を晴らしただけなのだ。

 そうだといって、その横暴を咎める知識人も騎士もこんな村には存在しない。

 村人にはそれに抗う術はなかった。


 聖教師はその場にあった彼らの信仰の1部である聖典を手に取ると、戦利品として持ち帰ることになる。

 その行為に無抵抗であった村人が若干の反抗を見せたが、それも怒声を受けて大人しくなった。

 それを見て、自分の信仰さえも守れないかと異教の聖典を片手に笑ってみせた。

 その夜の食卓で父親は村人を異教徒の蛮族めと嘲り、自分のした事は万人に出来る事ではなく、崇高な使命を果たしたと悦に入ったものだ。

 その狂気を孕んだ父親の目の輝きと語り口に少年は恐ろしくなったものだが、テーブルクロスの端を握りしめることでしかそれを表現出来なかった。



 そうして始まったのだ。

 昏い暗い日々が。


 最初に始まったのは足音。

 何かを探す様に夜中にうろつく何者か。


 家のあちこちに噛みちぎられた小動物の死体が散らかり、食物が食い荒らされる。

 どれだけ厳重に施錠してみても、朝になると獣が歩き回ったと思うしかない有様である。

 父親は些細な事で怒鳴り散らすようになり、次第に外へ出るのを嫌うようになる。

 書斎に閉じこもり、何か罵っている。

 母親は始終怯えて話にもならなかった。

 どこかボタンを掛け違えたような狂気が、日々を浸食していった。


 都会育ちの母親は、元々土地に馴染めなかったところにこの出来事で参っていた精神が限界を迎えたようだ。

 村の医者にかかるのも嫌がり、黙って馬車を手配すると持てるだけの私財をもってこの土地を去っていった。

 まるで、沈む船から逃げる鼠のように。

 どうして自分も連れていってはくれないのかと少年は喪失感に苛まれた。

 表向きは体調を崩した母親の静養の為と説明してはいたけれど、実際はこの家にいたくないのが子供心にもわかっていた。

 自分は残されたのだ。

 沈む船に。

 船底に穴を開け続ける父と共に。


 父も母も我が子を顧みる余裕もなく、家庭はじりじりと底なし沼に沈んでいく。

 家事は変わらず出入りの村の家政婦が引き受けていてくれたことは子供にとっては幸運であった。

 関心の無い父親は、子供に食事を与えようともしなかったろう。

 衣食住は満たされながらも家庭として壊れてしまったのを、少年は子供ながらにどうにかしようと考えたのだろう。

 幼い身でありながら自身を鼓舞し、この原因を探る為に家にある全てを手にとって調べて回った。


 夜中にうろつくものは幽霊なのか、はたまた魔獣に準ずるものか、それとも呪いの類だろうかとその柔軟な思考を巡らす。

 なにか原因があるはずなのだ。

 王都からもってきた暖炉の上に飾られた装飾品の壺の中を覗き、絨毯の裏を確認し、納戸にしまわれた骨董品を手に取る。

 何かおかしなものはないか、怪しいものはないものか。

 自分の生活を脅かしている正体は何か。

 そうしてとうとう彼は、それに辿り着いた。


 父親が隠す様に寝台の下に隠していた本を見つけたのだ。

 これを見つけるまでには手こずった。

 不機嫌な父親に見つかれば、子供部屋に閉じ込められかねない。

 不機嫌なと少年は感じていたが、実際には不機嫌を通り越して何か嫌悪するような厭わしい表情を顔に張り付け、よく眠れていないのか不健康で頬はこけ、目の下には隈が出来てさえいた。

 教会の仕事も手付かずで、勤勉であった事が嘘の様であった。

 少年は教会が閉まっていることで村人が何か言ってくるのではないかと思ったけれど、先の件で周囲から遠巻きにされていたせいか、特に苦情は出たりはしなかった。


 少年が見つけた本。

 それは汚れてごわついた羊皮紙と思わしき装丁の本。

 中には陰惨な挿絵がふんだんに使われ、陰鬱で冒涜的な文章が散りばめられていた。

 子供であった彼が理解するには難しい文言が綴られていたけれど、その本はただひとつの事を何度も繰り返し表現を変え言葉を重ねて伝えようとしていた。


 それは、ある生き物の屍肉を食む事により頑健な体を手に入れ長寿を叶える事が出来るという教えである。

 健康や長寿である事というのは、子供である彼には今一つ心に響かなかったけれど、その屍肉は舌の上でとろけるようで例えようもなく旨いものであると書かれていた事には、さすがに興味を惹かれるものはあった。

 だけれど、本当に口にしていいものであるのかは疑心暗鬼であった。

 そんな事をしてもいいものなのかと、何度も少年は首を傾げては自問自答したものだ。


 神さま

 それを食べても ほんとうに いいの?





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