表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

513/652

498話 その村です

 不思議な事に、その村では老人を見る事があまりなかった。

 出歩く村人は壮年から中年くらいまでの年齢が多く、よく田舎で見ることが出来る農作業をする老人や、道端に椅子を出してのんびりと時間を過ごす老人など目にする事が少ないのだ。

 農作業や木こり、店先で見るのも大概が働き盛りの大人達で、それがかえって村の雰囲気を活気づいたものにしている気さえしたものである。


 父親は、立地の不便さがたたり早死にしているから老人が少ないのだと決めつけていた。

 夕餉の食卓で度々、こんな場所に住みついたせいでこの村の人間の寿命を短くしているのだとバカにしながら妻と少年に言い聞かせていたものだ。

 妻はあまり興味なさそうに夫の話に相槌を打つのが常で、いつも通り気の無い風に返事をしていた。

 そうして、このままでは自分達もそうなってしまわないよう、早急に王都へ戻りたいものだと教会内の実力者へ書簡を送りつけるのが父親の日課のひとつとなっていた。


 実際に王都へ戻れたとしても、父親の主義に照らし合わせてみると「田舎戻り」として差別される側になるはずなのだが、そのことには本人は気付いていないようであった。

 心底、王都を愛する父親にとってこの左遷は、少し長い休暇くらいの位置付けであったのかもしれない。

 ここが自分の生活や日常の場所であることを認めなければ、不名誉でもなんでもないという事なのだろう。

 父親にとっては、この村はただの仮宿であり王都こそが我が家であるのだから。

 それは詭弁であったが、自身の尊厳を守る為にはそうでもしなければいられなかったのだろう。


 子供というのは分からないもので、親が見ていないところで友人を作ったり冒険をしたりするものである。

 少年も例に漏れず、そんな子供のひとりであった。

 自分に興味の無い両親の目から逃れるのは容易なことだ。

 本でも抱えて自室へと向かって見せれば、読書をするのだろうとすぐに自分から関心が逸れる事を知っていた。

 窓から出入りするのは都会育ちの少年には少々抵抗があったけれど、初めての土地を知りたいという好奇心を抑えることは出来なかった。

 その探究心は少しずつ家の周りから始まって、村人を見掛けては隠れ、そうして偶然村の子供と出会ったりした。

 最初は驚き逃げ帰ってしまったが、村の子供の方も茂みから聖教師の家を覗いてみたり、窓越しに目が合ったりと徐々にその距離は近くなっていく。

 珍しい王都からの人間ということもあるし、同じ子供ならば尚更興味津々である。

 彼らはぎくしゃくしながらも、数日で打ち解け合う事が出来た。

 子供達はお互い知らない事を教え合い、少年は自然の中での過ごし方を知り、その楽しさに浸かっていった。


 親の知らない交流をして、村人のひとりとしてその土地の言葉を使ってみる。

 親には禁止されていたが、その愛嬌のある訛りを口にしてみると、自分も村人になったような別人になった気がしたものだ。

 そうして、四角四面の窮屈な枠から解き放たれて、初めて深呼吸をするような開放感を少年は味わった。

 その土地の言葉で、その土地の友人と他愛のない話で笑い合う。

 それは王都では知らなかった幸福であった。



 そんな彼の生活が変わったのは父親が、村のある異端者を制裁した時からである。

 差別主義の父親の根底にあるものは、地母神教への狂信的な信心であった。

 皮肉にも地母神自体が山羊の角や蹄を持つ獣人とも言える異形の神であるのだが、それ故にかの神から獣人を遠ざけたいという歪曲した嫉妬に近い執着心が生まれたのかもしれない。

 獣人が人族を差し置いて至高の神に親しいなど、許される事ではなかったのだ。

 つまりは地母神黒山羊の寵愛は人族のみに注がれるべきであり、他の種族は頭を垂れその信心を捧げることのみに注力すべきであると考えていた。

 父親にとっては全ての生き物は、まず地母神教徒であらねばならなかったのだ。


 しかし、この山深い村では生きていく為に獣の力を身につけ、祖霊を身に纏うという一種の土着信仰が幅を利かせていた。

 それは不便な土地で団結して暮らしていく為の知恵のひとつであったのだが当然、父親の目には到底耐え難く許し難い行いにしか映らなかったのだ。


 ある日、聖教師である父親はその中でも指導者的存在の村民の家に押し入るという暴挙に出た。

 僻地の村には聖教師を抑え込めるだけの権力を持つ者はいなかったし、よしんば正義感から止めたとしても聖教師に反抗した村だと喧伝される事になれば村の流通が止まってしまう。

 邪教の村とでも言われれば、商人達は避けてしまうだろう。

 通常であれば、その様な愚挙や横暴は直ぐに教会関係者に正される事であろうが、残念ながら王都から遠い山深い村では教会の自浄作用は働くことは難しいと村人達は分かっていた。

 なにより土着信仰を繋いできた村であるのだから、教会に対して後暗い思いを抱いているのも裏目と出た。

 そうしたしがらみが村人達を消極的にしていたし、教会の狂信的な差別主義者との相性が悪過ぎたのだというしかなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ